2008年5月1日木曜日

オーストラリア、100件の法律改正でゲイ差別撤廃へ

オーストラリア、100件の法律改正でゲイ差別撤廃へ

性同一性障害については世界の先進国では法的な整備が行われていて、日本でもまだ十分とは言えなくてもかなりの主張が認められて、社会的な権利や保護が受けられるようになってきました。これはやはり、他の先進国と同じように当事者たちの長年の努力と政治への働きかけが認められた結果だと思います。

ところで、同性愛についてはどうでしょうか。日本では、同性愛に関する法律がなく、人権の保護もなければ、同性愛行為への処罰もありません。同性愛は病気ではないため、1993年にWHOは「国際疾病分類」で治療の対象とはみなさないと宣言し、日本の厚生省もそれを採択しています。病気でないのは納得するとして、果たして何の人権保護も必要とされないのでしょうか。

先進国では同性愛者の権利拡大を求める運動が続いていますが、日本ではおとなしい気がします。日本の同性愛者たちは現状で満足なのでしょうか。ともあれ、オーストラリアでのごく最近の動きをご紹介いたしますので、参考になれば幸いです。
(4月30日掲載のバンコクポスト紙記事より)

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ゲイの同居カップルに対する差別を撤廃する連邦法改正が動き出すことになった。ただ、同性同士の結婚は除外される見通しと、4月30日付けでオーストラリア政府が発表した。

この改正では、長期のゲイの同居カップルは課税、社会保障、年金の支払いなどの面で、結婚したカップルと同様に扱われることになると、司法長官は述べている。

ゲイ同士の結婚は多くのオーストラリア人の間で物議を醸してきた問題であり、ゲイ権利推進グループや支援者たちはこの問題への政府の態度が、差別に終止符を打つ意志を試す試金石になると言っている。しかし司法長官は、婚姻法は今回の法律改正には含まれておらず、政府の見解はあくまで結婚は男と女の間でのみ成立するものだということです。

今回の改正立法の対象になる約100件の案件は、来月から議会にかけられ、すべて完了するのは2009年半ばと見られている。

改正となる法律の数例をあげると、ゲイのカップルが育てている子供は二人の大人の扶養家族とみなし、課税時や失業保険給付の際に考慮される。また、同性のカップルは年金の対象としては家族と同じ扱いを受けることになる。

ゲイ権利推進グループはこのような進展を歓迎しているものの、政府はもっと踏み込んで、ゲイ同士の結婚を認めるべきだと主張している。「オーストラリアのゲイとレズビアンは自分たちが選ぶパートナーとの結婚が認められないかぎり完全な平等とはいえない」、と活動家グループの代表がABC放送のインタビューに答えている。

今回の法律改正のほとんどは州レベルではすでに実施ずみで、それを連邦政府が追認しようとする形になっている。しかし、連邦婚姻法には結婚は男と女の間のみに許されると規定されているため、州レベルでも事実上の夫婦として一定の法的保護が認められているにすぎないのが現状である。

ヨーロッパの多くの国では、同性のカップルに一定の法的権利を認めているが、ゲイ同士の結婚を認める国は例外的な少数にすぎない。アメリカにおいても、州によっては同性カップルの生活上の権利は認められていても、ほとんどの州で同性結婚や結婚宣誓を禁じている。

Bangkok Post; 2008-04-30;Ⓒ2008 The Associated Press. All rights reserved.

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≪補足≫
スウェーデン、デンマーク、ノルウエー、オランダでは、同性愛カップルの事実上の結婚生活が法的に認知されている。

キリスト教国にも教義上の理由から同性愛を否定したり、警察や軍隊においては禁止する規定がある国もある。アメリカでも保守的な南部では、同性愛の現行犯逮捕を認める州もある。最近では、聖職者の同性愛が話題になるのもめずらしくなく、全体としては合法化の流れにあると言える。

イスラム文化圏では同性愛を認めない国が多く、禁固刑やイランのように再犯の場合には死刑にする国もある。アジアの穏健派のイスラム国であるマレーシアやインドネシアでは、イスラム教義の厳格な適用はせず、(一部の保守的な地域をのぞき)事実上黙認している。

タイや日本などの仏教国では伝統的に同性愛には寛大で、迫害を伴うような社会的な問題となったことは歴史上なかった。ただし、問題にならなかったことが妨げとなり、法的な人権保護という観点からはその必要性が理解されにくいというジレンマに直面しているように思われる。

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2008年4月30日水曜日

性別変更条件の「子なし条項」緩和の方向へ

性別変更条件の「子なし条項」緩和の方向へ

性同一性障害の当事者の方々はすでにご存知のことでしょうが、2003年に超党派の議員立法で成立した戸籍の性別変更に関する特例法が改正される見通しになりました。

4月24日にまとまった与党の改正案では、現行法にある「子供がいないこと」という条件を、「未成年の子供がいないこと」に緩和するという内容です。この改正案が成立すれば、「女性の父親」や「男性の母親」が法的に認められることになります。特例法成立の経過からみても、野党にも部分的な異論はあっても強固に反対する理由は見当たらないので、今の国会で改正案が可決されると思われます。

当事者たちは「子供がいないこと」という条件の削除を要望してきたわけですが、与党が「未成年の子供がいないこと」という妥協案に落ち着いたのは、未成年の子供の心理的な混乱を考慮した結果で、成人すれば大人としての対応が期待できるから、という理由だと思われます。

民主党は「子供がいないこと」という条件そのものを撤廃する改正案をまとめているようです。今国会を揺るがしている他の法案のように与野党でぶつかって、下手すれば先送りになってしまうような問題ではないことは、両者ともわかっているはずですから、修正が必要なら修正協議に応じて結論を出す方向にいくと期待しておりますが・・・・

(4月24日・日経新聞夕刊の記事を参考に私見を加えたものです。)

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2008年3月28日金曜日

タイの若者に流行する性転換の危うさ


タイの若者に流行する性転換の危うさ

本日版のタイの英字紙二紙に同じニュースを取り上げた記事がでましたので、ご参考までに両紙を要約して紹介させてください。若年層に広がりつつある睾丸摘出手術に関する警告です。
(Bangkok Post/The Nation/March 28, 2008)

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医学専門家たちは最近の男性の若者に対して行われている性転換手術は危険であり、法律違反でもあると警告している。今回の警告の発端は、ゲイの活動家として知られるナティー氏がタイ医療審議会に提出した要望書です。その中で、チェンマイの16歳の少年が睾丸を除去し、その14歳と15歳の友人も同じ手術を希望していること、彼らの願いは睾丸を除去することによって容貌や体つきが女性化するからだ、という。

ナティー氏自身も同じ経験をして後悔している立場から言う。
「私も16歳のとき(睾丸除去のあとで)性転換手術すれば完全な女性になれると思っていました。しかし成人してみると、自分は今の体で満足しているただのゲイ男性だと気が付きました。気になるのは、最近の若者たちが次々とこのような手術を希望していることです。また、性転換手術を受けるだけのお金がない彼らは、とりあえず睾丸除去しておこうというわけです。問題なのは、こんな風潮が続けばそのうちの何人かはこれが本当に求めていたものではなかったと気づくことです。その時にはもうすでに遅いのです。肉体的だけでなく精神的にも障害を負って生きていくことになるのです。」

タイ厚生省のスパチャイ氏の見解は、「少年の睾丸を除去しても性的な容貌が変わるという医学的、科学的根拠はない。きれいになる代わりに、睾丸はテストステトロンいう男性ホルモンを分泌している器官を除去するわけだから副作用があると同時に、一生涯ホルモン剤を服用し続けなければならなくなる。女性になるのは容易なことではなく、両親に相談し、精神科医師の長期の診断と指導を受けたのち、本当に自分は女性になり人生を完全に変えたいのか熟慮のうえ決断しなければならない。」

十代男性の性転換手術はバンコク、チェンマイ、プーケットなどで行われているが、これらの医師の中には法的な要件を満たさないクリニックで行っている医師もいる。ネットの広告で宣伝するのが一般的で、睾丸除去だけの値段は4000バーツから5000バーツ。スパチャイ氏によれば、これらの手術はいい加減なものが多いとのこと。

医療審議会の事務局長によれば、18歳以下の少年に性転換手術を行うのは法律違反であり、違反した医師に対しては告訴の措置をとるとのことである。

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【補足】
●タイで外国人患者のSRSを行っている有名医師は、WPATH(=HBIGDA)のガイドラインを基準としており、疑わしい患者はうけつけないはずです。記事中の5000バーツとは、おそらくローカル専門の値段でしょう。ちなみに、PAIの(別途に行う場合の)睾丸摘出手術価格は、1泊入院費込みでUS$2,100です。SRSと同時行う場合には別途の費用は発生しません。

●MTF患者のなかには睾丸除去を早期に希望する方もいるようです。その我慢できない気持ちは理解できますが、SRSを希望している場合には我慢してSRSまで待った方がよい結果につながります。陰嚢の皮膚は新膣形成に大事な皮弁として使用する部分だからで、広い面積の皮膚があればそれだけ手術がやりやすくなります。
睾丸摘出手術により陰嚢皮膚が萎縮している場合は、別の手術方法を考える必要が生じるかもしれません。すでに済ませてしまっている場合には、その旨を必ず事前に医師に伝えてください。手術当日になってあわてないためにも、事前に相談しておくことが大切です。

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2008年3月10日月曜日

トランスセクシュアル(TS)はどれくらいいる? ≪2≫


「トランスセクシュアル(TS)はどれくらいいる?」
How Many of Us Are There? --by Lynn Conway

≪その2≫

私の推定では、すでにSRSを受けたTSの数の5倍から10倍に相当するMtF当事者が、強度の性転換症で苦しんでいると思っています。その理由は簡単で、多くの性転換症患者はその症状の解決方法や治療方法を知らないで、希望も持てずに黙って苦しんでいるのです。その多くは、怖くてカムアウトできず、社会ののけ者になるのを恐れ助けも求めない。さらに多くの人が、転換するための高い医療コストを払う見込みがたたないのです。つまり、アメリカには強度の性転換症でありながら治療まで進めない患者が160,000人から320,000人いると思わなくてはなりません。このように、MtF性転換症は、500人に一人どころか、250人に一人という高い数字になり得ます。つまり、DSM-IVの推測数字よりは2けた以上も違う結果なのです。

私の予測数字は他の文化圏での性転換症数の予測数とも呼応しているのがわかります。例えば、インドのヒジュラ(MtFのカースト)の人口は、国全体でおよそ10億の人口のうち100万人から200万人を占めていると見られます。13歳以上の3億7500万人のうちには約150万人の手術後のヒジュラがいると想定すると、ヒジュラの人口分布は1.5/375=1:250となるのです。

これらの数字をさらに支えるのが、マレーシアの性転換症に関する最近の調査です。それによると、マレーシアにもアメリカにいくぶん似た「女装立ちんぼ」という文化がある。マレーシアの調査では、2,180万の人口のうち50,000人のTSが女性として生きているという結果が出されている。その50,000人を、13歳以上の男性人口820万人で割ると、分布率はじつに1:170となるのです。

これらの調査結果をすべて三角測量で近似数値を割り出してみると、強度のMtF性転換症に悩む人の数は1:250から1:200の範囲内という結果になります。この数字はアメリカ精神学会(APA)がDSM-IV―TRの中で発表した、1:30,000という数字のじつに150倍に相当するのです!

ちょっと比較のために、人生に深刻な影響を与える他の症例を引き合いに出してみましょう。例えば、筋ジストロフィー(1:5,000)、多発性硬化症(1:1,000)、みつ口(1:1,000)、脳性麻痺(1:500)、失明(1:350)、難聴(1:250)、関節リュウマチ(1:100)などがあります。これらの症例は社会のレーダースクリーンにはすぐ映し出されて、悩む患者たちには社会の同情が集まります。また病気の原因や治療法の研究資金も集まりやすく、医療機関もよろこんで患者を迎え入れてくれます。これにくらべて、強度の性転換症という認知度の低い症状は、社会のレーダーに映し出されることは全くと言っていいほどなく、有効な治療法は苦しむ患者の圧倒的多数には手の届かないところにあるのです。さらに、医療関係者はこの200人に一人という高い患者の分布率にはまったく気づいておらず、この症状の深刻さが悲劇的な結果をまねいているのを放置しているのです。

その理由はまず第一に、一般的に精神医学関係者は人間行動の異文化間や民俗学的な考察を無視していることです。さらに、自分たちの足元の社会で行われている実際の治療や、手術、街中での出来事など、性転換症の現実の世界に無関心でいることです。あえて言えば、この方が精神科医にとっては「性転換症は信じられないほど希な症状であり、SRSを必要とする正真正銘の性転換症患者であることが確認できるまで長期間の高額なカウンセリングが要求されるのである」と患者を納得させるのには好都合なのです。

手術後の女性たちがステルスモードで生きていて、社会の表面に出ないことも低い数字の理由になっています。結局のところ、人目に付く性転換症患者というのはトランスの途中で何らかの問題をかかえている人たちが大部分で、トランスがスムーズに進行中の若者や中年層のTSのほとんどは、精神科医を訪ねて“自分の精神の病の相談にのってもらう”ことなど考えてもいないのです。その人たちは、診断を下したりはしない、経験のあるジェンダーカウンセラーを訪ねていくのです。

というわけで、ほとんどの精神科医は、目立たずに成功裏にトランスを実行している性転換症患者の圧倒的大多数とは、まず顔を合わせることはないのです。トランスに成功している患者たちは、すぐにも役に立つカウンセリングを受けて静かにホルモン治療に入り、女性としての実生活体験(RLE)を完全にやりとげ、SRSを受けたのち、またステルスモードで社会に復帰していきます。その過程で旧態依然の精神科医のカウンセリングを受けることなど念頭にものぼらないと思います。

精神科医の世界では数量的な発想が苦手のようで、現実とはかけ離れた数字を使っていたことも気付きもしませんでした。エンジニアであるリン・コンウェイが2001年にこの数字の誤りに気付き、およその目安を付けたのち、単純な計算をしたところ判明したのが、アメリカには手術を済ませているトランス女性が少なくとも1:2,500の割合でいること、そこから導かれる結果が1:500から1:250の割合で強度の性転換症患者が存在するということだったのです。

この患者数の問題は精神医学界の信頼をいちじるしく揺るがすものであり、性転換症に関するあらゆる問題に疑問が投げかけられてもおかしくありません。精神医学界は言い逃れのため私の調査の細部についてあら探しをしてくるかもしれませんが、彼らの犯してきた性転換症患者数の予測数に関する2ケタ違いのミスからは逃れようがなく、言語道断と言わざるをえません。

ここでちょっと驚くのは、ハリーベンジャミン国際性別違和協会(HBIGDA)という権威ある団体ですら、実際に行われているSRSの実数さえ一度も調査していないことです。それはそれとして、最近公表された「HBIGDA治療ガイドライン第6版」には次のような数字が掲載されています。“成人の性転換症患者のもっとも初期の分布調査によると、1:37,000(男)と1:107,000(女)であった。もっとも最近のオランダでの性同一性障害のうち性転換症に属する患者数調査では、男性が1:11,900であり、女性が1:30,400であった。”

HBIGDAはこのように精神医学界の方法論上の誤りを犯し続けており、いまだに外国の報告例を基に表に出ているSRS例という少数グループだけを取り上げた数字を公表している。そのような調査結果はステルスモードで生活している女性は含まないため、SRS例の実数をいちじるしく過少に見積もる結果になっている。さらに注目しなければならないのは、その国には報告数よりもはるかに多い、手術をまだ済ませていない強度の性転換症患者が存在しているという現実なのです。

結論として、性転換症はこれまで医学界で認められてきた患者数より、おそらく少なくとも2ケタ多くが存在すると見なして間違いないであろうということです。これは、性転換症の診断および治療について、またこの症状をもつ人々に対する社会の対応や政策にも大きな影響を与えざるを得ないインパクトを持つものです。


(訳責:島村政二郎)
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(訳者注)
*この論文の発表年度は明記されていませんが、内容からコンウェイ氏の2001年の調査結果にもとづき、同年に書かれたものと考えてよいと思います。

*スタンリー・バイバー医師は2004年に引退し、2008年1月に82歳で死去されました。コロラド州の田舎町の病院で5,000例以上のMtF手術をこなし、人口9,500人の町は「性転換手術の世界のメッカ」と呼ばれたそうです。

* HBIGDAは名称が変更され今では、The World Professional Association of Transgender Health (WPATH) 「世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会」と呼ばれています。

* 翻訳の原文は以下のサイトにあります。
   www.gendercentre.org.au/polare44.htm

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トランスセクシュアル(TS)はどれくらいいる? ≪1≫


『トランスセクシュアル(TS)はどれくらいいる?』
How Many of Us Are There? --by Lynn Conway

≪その1≫

性転換症(Transsexualism=TS)を論ずるに当たっていつも「なにが原因なのか」ということに話題が集中しがちであるが、もうひとつの重要な問題に話題が及ぶことはまずない。その問題とは、性転換症患者がどれくらい広範囲に存在しているか、ということである。

従来の医学界の通説では、MtF転換症は30,000人に1人、FtM転換症は100,000人に1人であった。これらの数字は繰り返し引用されていて、最近のワシントンポスト紙やニューヨークタイムズ紙でも記事の中で使われている。これらの数字を見て性転換症は信じられないほどまれな症状という印象を受けませんか。しかし、今日では多くの人が自らの経験として、通った学校や、会社、地域社会にはTS当事者が一人や二人いたことを知っていることに注目すべきです。では、いったいどこからこの「極めてまれな数字」がいつも現れてくるのでしょうか。

これらの数字は、アメリカ精神学会の「精神疾患の分類と診断の手引き(改訂4版)」(=DSM-IV)が出所です。2000年8月の発表文からそのまま引用しますと(DSM-IV-TR,p.579)、
「患者数: 性同一性障害(GID)の患者数に関するデータを示す最近の疫学上の調査結果は存在しない。ヨーロッパの複数の小国では全国民の統計データにアクセスでき、それによるとおよそ30,000人の成人男性につき1人、また100,000人の成人女性につき1人が、性別適合手術(SRS)を希望していると推定される。」とある。

問題はこれらの数字が、何十年も昔に近代的なSRSが導入されはじめた頃のデータであることです。それ以降、SRSを求め、実際に手術を受けた人の数は劇的に増えているのです。もっと重要で見落としていけないことは、これらの数字には強度の性転換症に悩む人たちは含まれていないということです。数字の対象とされているのは、社会的な差別が今とは比べものならないほど激しい時代に、勇気を奮い起こして進み出てSRSを希望した人たちだけなのです。常識的に考えても、周囲の目を恐れず進み出る人よりは、黙して堪えていた当事者がもっと多かったと思うのが普通ではないでしょうか。しかし問題は、どれくらい多くが?

ちょっと数字の「探偵ごっこ」をしてみましょう。アメリカのMtF性転換症患者のおよその数は、何人の患者が実際にすでにSRSを受けているか集計予測することで把握できるのです。それで得られた数字を、アメリカの成人男性の人口数で割ればよいのです。(60歳までの男性に限定します。それより年配の男性は過去に手術を受ける機会はまずなかったとみなされるからです。)

1960年以前はアメリカの市民に対して行われたSRS手術はほんの数例にすぎません。モロッコのカサブランカのジョルジュ・ビュルー医師が、1960年代に「陰茎翻転法」という画期的な新しい手術方式を用いて次々と手術実績を重ねていくようになった。アメリカの内分泌科医で性転換症の研究と治療にパイオニア的な役割を果たしていたハリー・ベンジャミン医師は、アメリカの性転換症患者の多くをビュルー医師と彼の手術法を用いる他の数人の医師に次々と紹介するようになった。ベンジャミン医師から後年聞いた話では、私がSRSを受けた1968年時点では、アメリカ人でSRSを受けたのは私が最初から600人から700人目の内に入るということだった。

1970年代になりジョンズ・ホプキンス医科大やスタンフォード大学が性同一性障害の研究プログラムを開始し、アメリカの病院でのSRSに対する制約が次々と解かれるようになり、何人かのアメリカ人医師もSRSを開始するようになった。しかし、その数をはるかにこえる患者が、モロッコのビュルー医師や他の経験のある医師を求めて海外に出て行った。1973年にベンジャミン医師から聞いた話では、その時点までに2,500人のアメリカのTS女性が手術を受けていたということです。

現在ではアメリカ国内で毎年800から1,000例の男性から女性へのSRSが行われていて、同数かそれ以上のアメリカ人が海外で手術を受けている。(例えば、タイのような国ではSRSの技術水準は非常に高く、コストは比較にならないほど安い。)アメリカ国内ではユージン・シュラング、トビー・メルツァー、スタンリー・バイバー、のトップスリーの外科医を合わせると、年間で400例から500例のSRSを行っている。バイバー医師だけでも、1969年にSRSを始めて以来4,500例以上の手術を実施している。バイバー医師は、1日2回のSRS手術を週3日、という驚異的なペースを何年にもわたって続けたそうです。

これらの数字を足し合わせてみると、アメリカ国内には少なくとも32,000人から40,000人のSRS手術を済ませたTS女性が存在するという結果がでてきます。アメリカの医師が外国人の手術をした例もあるでしょうし(15%くらい?)、またSRSをした人で今までに死去しているケースもあるでしょう。しかし、手術を済ませたTS患者の大部分は過去15年間にSRSを行っており、そのほとんどがまだ生存していると考えるのが妥当です。人数は少ないながらも、60年代から80年代半ばにかけてSRSを受けたTSグループは年齢的に20代から30代前半と若い人が多く、そのほとんどが生存していると考えられます。死去した例を考慮しても、アメリカにおけるSRS手術を済ませているTSの総数は32,000人を下らないと私は考えています。

そこでいよいよ、SRSを済ませたMtFの人口分布になりますが、これは単純に32,000人をアメリカの18歳から60歳までの男性人口である80,000,000で割ればよいのです。(18歳から60歳というのは、ほとんどのSRS済み患者の該当する年齢です。)

すると、32,000/80,000,000 =1/2,500人という結果がでます。

これは驚きに値しますが、アメリカで男性として生まれた2500人のうち少なくとも一人はすでに女性になるためのSRSを受けているということなのです。医学界で従来から通用してきた30,000人に一人という説にくらべればけた外れに多い数字です。さらに、もっと注意して見ればこの誤りはさらにひどいことがわかります。

DSM-IVの推測数字は性転換症の患者数に関するものであり、SRS手術を受けた患者数にはふれていないことを思い起こす必要があります。そのため最近のメディアでも相変わらず「性転換症の患者数は30,000人に一人」という解釈が堂々とまかり通っているのが現状なのです。

その2に続く)

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性転換症患者(TS)はどれくらいいる?


性転換症患者(TS)はどれくらいいる?

性転換症(トランスセクシュアリズム=TS)は一体どういう原因で起こるのか、というのは未だに諸説あり議論が続いているようです。それにも増して重要でありながら、簡単に片づけられているのが、一体どれくらいの数のTS当事者が存在するのか、という問題です。

世間に流布されている数字が現実とはかけ離れているのに気づいて問題を提起し、ひとつの明快な見解を提起したのは、自らもTS当事者として1968年に男性から女性へのSRS手術を受けた、パイオニア的なTS当事者であるアメリカのリン・コンウェイ氏です。コンウェイ氏はミシガン大学で長年コンピューター・サイエンスの教鞭をとるかたわら、教職を引退した今もTSに関する研究と啓蒙活動をされていて、彼女のウェブサイトをご存知の方も多いのではないかと思います。

遅ればせながら私もオーストラリアのサイトに掲載されていた彼女の論文を読みました。内容からは2001年の彼女自身の調査の基づき書かれたものと判断されます。彼女が一番問題視しているのは、性転換症の当事者の数が不当に少なく見積もられていること、そのためTSは「奇病」扱いされ精神科医の長期にわたる診察を経ないと当事者が望んでいるSRSによる治療が受けられない、社会的マイノリティー扱いされカムアウトをためらうTS当事者が圧倒的に多く、統計にも反映されず社会的にも不当な扱いを受けているなど、決して軽視してはならない大きな問題であることです。

勝手にわがもの顔に一人歩きしている数字とは、MtFは1:30,000人であり、FtMは1:100,000人というものです。3万人に1人や10万人に1人なら「奇病」かもしれません。しかし、コンウェイ氏の現実をふまえた推計では、なんとMtFは1:500から1:250となるのです!これが現実に近い数字だとすると、その与えるインパクトは広範囲に及びます。つまり、そんなに普通にある症状なら、医療体制の整備、健康保険、戸籍変更、親子関係、結婚、雇用、などなど・・・・。終わりのない意識改革、社会改革が必要になります。さらに、GIDやTSは人種、文化、宗教に関係なく世界中に存在することを考えると、もう気が遠くなるような・・・そう意識革命です。

私自身、2年前ほどに日本での人口統計を基に推定数字をはじいたことがありますが、その時には1:500となったのでびっくりしました。これでは多すぎて信じてもらえそうもないと思い、500人-1,000人に1人ということして自ら納得していました。今回コンウェイ氏の論文を読んで、推計方法に違いはあるものの、私の推計もそんなに的はずれではなかったと安心しています。

科学者であるコンウェイ氏のTS当事者数の推計方法や、今まで誤解をふりまいてきた権威あるGID団体やマスコミなどの無神経ぶりを指摘した論文はここでは少々長くなるため、(部分的に抄訳した箇所もありますが)その翻訳文を2回に分けて別途掲載しますのでご参考になれば幸いです。

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翻訳文はPDFフォーマットでも読めます。ここからClick


2008年1月12日土曜日

インドネシアで声を上げるGID当事者たち


インドネシアで声を上げるGID当事者たち


タイやカンボジアの性的マイノリティーの現状については以前にもふれましたが、今回はアジア最大のイスラム教国であるインドネシアの事情をご紹介しましょう。以下は2008年1月11日付けの英字紙「ジャカルタ・ポスト」からの要約です。

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トランスベスタイトのきびしい就業状況

人口2億4千万人をかかえるインドネシアには、約380万人の「ワリア(waria)」と呼ばれている性的マイノリティーがいる。その17%は大学卒である。この「ワリア」とは、英語では「トランスベスタイト」と呼ばれているが、トランスベスタイトだけでなくトランスジェンダーやトランスセクシュアルも含む呼称である。

Wariaというインドネシア語は、wanita(女)とpria(男)がつづまった言葉で、「女男」という意味。

大卒といえどもほとんどのワリアには正規の就業機会は与えられず、雇用側もワリアを雇うことにより顧客を失うことを恐れている。ワリアに残された生きる道は結局、街頭ミュージシャンか売春などと限られている。自立して生きていける自営業を営むことができるのは、ごく限られた恵まれた人たちだけである。

ただ最近になり、NGO組織Arus Pelangiが出版した「トランスベスタイトの就労権利は政府責任で保証せよ」という本の影響で、当事者の発言が目立つようになってきている。この本の中には、GID当事者の職場の上司の偏見や言葉による虐待の20人の例が紹介されている。例えば、

「キリスト教徒だったイエネスは、教会に行っても他の人たちから変な目つきでじろじろ見られるのに堪えられなくなり、今ではクリスマスにも行かなくなった。神聖なる唯一の神は今でも信じているが、宗教は何であれ何の頼りにもならない。」

「ジャカルタのテレマーケティングの会社に入ったが、髪の毛を短く切ること、男の服装をすることを条件にされた。私の仕事ではお客様と面と向かって会うようなことはないのに。結局、差別視に堪えられずやめざるをえなかった。」

「ワリアの美人コンテストでも賞をとった経験のあるイエネスは、美容院での仕事を見つけた。ただ、あまりにも給料が安いため路上で売春行為をするようになった。そのうちにワリア活動家と知り合いになり、NGOの活動に参加するようになって今は資金管理を任されている。」

「ケケはデパートの顧客サービスの仕事を見つけたが、男の服装をする条件で採用された。その内に、もっと男らしく振る舞え。一ヶ月以内に、女のような態度をとればクビにすると脅かされた。結局、一ヶ月も経たないうちにお払い箱となった。お客様からは応対が丁寧で親しみがわくと評判がよかったのに。」

「エミーはナイトクラブでバーテンダーとなったが、同僚がバーテンは男の仕事だ、と言ってサロンに追いやられた。」

2006年1月に組織されたこのNGOは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、トランスセクシュアルの性的マイノリティーを代表して社会に広く呼びかけて、人間らしく生きる権利を主張していこうとしている。

しかし、政府の公式見解では「政府は男であれ女であれ性別による差別は一切行っていない。この国においては、ワリアが生まれたときの性別を維持しているかぎり就労機会に問題はないはずである」。ただ、その性別というのは「男」と「女」だけである。新しい性別などは認められていない。

宗教の自由はあるものの、アジア最大のイスラム教国であるインドネシアでは、ワリアへの理解はほぼ皆無にちかく、政府の見解ではワリアは精神病者の一群と見なされており、一方の宗教団体は罪人として非難の対象としている。

インドネシアのワリアたちが社会の仲間入りできる日がいつ来るのか、気の遠くなるような闘いはまだ始まったばかりである。

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