2008年3月10日月曜日

トランスセクシュアル(TS)はどれくらいいる? ≪2≫


「トランスセクシュアル(TS)はどれくらいいる?」
How Many of Us Are There? --by Lynn Conway

≪その2≫

私の推定では、すでにSRSを受けたTSの数の5倍から10倍に相当するMtF当事者が、強度の性転換症で苦しんでいると思っています。その理由は簡単で、多くの性転換症患者はその症状の解決方法や治療方法を知らないで、希望も持てずに黙って苦しんでいるのです。その多くは、怖くてカムアウトできず、社会ののけ者になるのを恐れ助けも求めない。さらに多くの人が、転換するための高い医療コストを払う見込みがたたないのです。つまり、アメリカには強度の性転換症でありながら治療まで進めない患者が160,000人から320,000人いると思わなくてはなりません。このように、MtF性転換症は、500人に一人どころか、250人に一人という高い数字になり得ます。つまり、DSM-IVの推測数字よりは2けた以上も違う結果なのです。

私の予測数字は他の文化圏での性転換症数の予測数とも呼応しているのがわかります。例えば、インドのヒジュラ(MtFのカースト)の人口は、国全体でおよそ10億の人口のうち100万人から200万人を占めていると見られます。13歳以上の3億7500万人のうちには約150万人の手術後のヒジュラがいると想定すると、ヒジュラの人口分布は1.5/375=1:250となるのです。

これらの数字をさらに支えるのが、マレーシアの性転換症に関する最近の調査です。それによると、マレーシアにもアメリカにいくぶん似た「女装立ちんぼ」という文化がある。マレーシアの調査では、2,180万の人口のうち50,000人のTSが女性として生きているという結果が出されている。その50,000人を、13歳以上の男性人口820万人で割ると、分布率はじつに1:170となるのです。

これらの調査結果をすべて三角測量で近似数値を割り出してみると、強度のMtF性転換症に悩む人の数は1:250から1:200の範囲内という結果になります。この数字はアメリカ精神学会(APA)がDSM-IV―TRの中で発表した、1:30,000という数字のじつに150倍に相当するのです!

ちょっと比較のために、人生に深刻な影響を与える他の症例を引き合いに出してみましょう。例えば、筋ジストロフィー(1:5,000)、多発性硬化症(1:1,000)、みつ口(1:1,000)、脳性麻痺(1:500)、失明(1:350)、難聴(1:250)、関節リュウマチ(1:100)などがあります。これらの症例は社会のレーダースクリーンにはすぐ映し出されて、悩む患者たちには社会の同情が集まります。また病気の原因や治療法の研究資金も集まりやすく、医療機関もよろこんで患者を迎え入れてくれます。これにくらべて、強度の性転換症という認知度の低い症状は、社会のレーダーに映し出されることは全くと言っていいほどなく、有効な治療法は苦しむ患者の圧倒的多数には手の届かないところにあるのです。さらに、医療関係者はこの200人に一人という高い患者の分布率にはまったく気づいておらず、この症状の深刻さが悲劇的な結果をまねいているのを放置しているのです。

その理由はまず第一に、一般的に精神医学関係者は人間行動の異文化間や民俗学的な考察を無視していることです。さらに、自分たちの足元の社会で行われている実際の治療や、手術、街中での出来事など、性転換症の現実の世界に無関心でいることです。あえて言えば、この方が精神科医にとっては「性転換症は信じられないほど希な症状であり、SRSを必要とする正真正銘の性転換症患者であることが確認できるまで長期間の高額なカウンセリングが要求されるのである」と患者を納得させるのには好都合なのです。

手術後の女性たちがステルスモードで生きていて、社会の表面に出ないことも低い数字の理由になっています。結局のところ、人目に付く性転換症患者というのはトランスの途中で何らかの問題をかかえている人たちが大部分で、トランスがスムーズに進行中の若者や中年層のTSのほとんどは、精神科医を訪ねて“自分の精神の病の相談にのってもらう”ことなど考えてもいないのです。その人たちは、診断を下したりはしない、経験のあるジェンダーカウンセラーを訪ねていくのです。

というわけで、ほとんどの精神科医は、目立たずに成功裏にトランスを実行している性転換症患者の圧倒的大多数とは、まず顔を合わせることはないのです。トランスに成功している患者たちは、すぐにも役に立つカウンセリングを受けて静かにホルモン治療に入り、女性としての実生活体験(RLE)を完全にやりとげ、SRSを受けたのち、またステルスモードで社会に復帰していきます。その過程で旧態依然の精神科医のカウンセリングを受けることなど念頭にものぼらないと思います。

精神科医の世界では数量的な発想が苦手のようで、現実とはかけ離れた数字を使っていたことも気付きもしませんでした。エンジニアであるリン・コンウェイが2001年にこの数字の誤りに気付き、およその目安を付けたのち、単純な計算をしたところ判明したのが、アメリカには手術を済ませているトランス女性が少なくとも1:2,500の割合でいること、そこから導かれる結果が1:500から1:250の割合で強度の性転換症患者が存在するということだったのです。

この患者数の問題は精神医学界の信頼をいちじるしく揺るがすものであり、性転換症に関するあらゆる問題に疑問が投げかけられてもおかしくありません。精神医学界は言い逃れのため私の調査の細部についてあら探しをしてくるかもしれませんが、彼らの犯してきた性転換症患者数の予測数に関する2ケタ違いのミスからは逃れようがなく、言語道断と言わざるをえません。

ここでちょっと驚くのは、ハリーベンジャミン国際性別違和協会(HBIGDA)という権威ある団体ですら、実際に行われているSRSの実数さえ一度も調査していないことです。それはそれとして、最近公表された「HBIGDA治療ガイドライン第6版」には次のような数字が掲載されています。“成人の性転換症患者のもっとも初期の分布調査によると、1:37,000(男)と1:107,000(女)であった。もっとも最近のオランダでの性同一性障害のうち性転換症に属する患者数調査では、男性が1:11,900であり、女性が1:30,400であった。”

HBIGDAはこのように精神医学界の方法論上の誤りを犯し続けており、いまだに外国の報告例を基に表に出ているSRS例という少数グループだけを取り上げた数字を公表している。そのような調査結果はステルスモードで生活している女性は含まないため、SRS例の実数をいちじるしく過少に見積もる結果になっている。さらに注目しなければならないのは、その国には報告数よりもはるかに多い、手術をまだ済ませていない強度の性転換症患者が存在しているという現実なのです。

結論として、性転換症はこれまで医学界で認められてきた患者数より、おそらく少なくとも2ケタ多くが存在すると見なして間違いないであろうということです。これは、性転換症の診断および治療について、またこの症状をもつ人々に対する社会の対応や政策にも大きな影響を与えざるを得ないインパクトを持つものです。


(訳責:島村政二郎)
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(訳者注)
*この論文の発表年度は明記されていませんが、内容からコンウェイ氏の2001年の調査結果にもとづき、同年に書かれたものと考えてよいと思います。

*スタンリー・バイバー医師は2004年に引退し、2008年1月に82歳で死去されました。コロラド州の田舎町の病院で5,000例以上のMtF手術をこなし、人口9,500人の町は「性転換手術の世界のメッカ」と呼ばれたそうです。

* HBIGDAは名称が変更され今では、The World Professional Association of Transgender Health (WPATH) 「世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会」と呼ばれています。

* 翻訳の原文は以下のサイトにあります。
   www.gendercentre.org.au/polare44.htm

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