2007年9月9日日曜日

全身センサーの皮膚感覚


全身センサーの皮膚感覚

9月7日の日経新聞(夕刊)一面に次のようなコラムが載っていました。先端医療、IT技術、など新技術が次々と脚光をあびている世の中ですが、この熟年記者のたいへん時宜を得たその簡潔な文章に私は感服しましたので、原文のまま紹介させて頂きます。

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《頭部センサー》

ベテランの外科医が言った。「内視鏡手術が盛んだが、僕は開腹して患部を触り、どこまで切るか判断する」。電機メーカーの幹部が応じた。「エンジンでも、最後は手でなでて良しあしがわかる」

ドアは自動開閉、蛇口はノータッチ、暗くなると点灯する街灯と、手を汚さずにすむ便利な時代である。接触に不慣れなせいか、込んだ車内でも離れて座る人が増えた。

だが、機械を介しても判断するのは人間。指先の微妙な感覚、全身センサーの皮膚感覚を忘れては危険だ。当方の地肌むき出しになった頭部など、季節の変化を気象庁より早く察知する。(修)

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これと関連した話を思い出しました。かなり前の新聞か何かで読んだ記憶がありますが、世界最大の航空機製造会社ボーイング社の社長が表敬訪問で日本を訪れましたが、その訪問先は(たしか)東京都大田区の名もないような町工場のおやじさんでした。ボーイングの最新鋭航空機に使われる重要な部品の最終仕上げはその町工場のおやじさんの手作業でしかできないから、というのが表敬訪問の理由だったと記憶しています。

それと似た話ですが、天文台の天体望遠鏡に使われる巨大なレンズも、精密機械を使って何千分の一ミリの誤差までは研磨できても、レンズ曲面の最終仕上げはやはり熟練した職人が手作業で磨いて仕上げるという話を覚えています。すぐには信じられないような話ですが、人間の手で触れたその感覚が、精密さを誇るコンピュータ制御の機械よりもさらに確実で信頼性があるという話しにはある種の感動をおぼえます。

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さらにSRS医療世界にまで話を広げますと・・・・
PAIのプリチャー医師はMTFの手術をわずか3時間で終えるというのは本当の話しで(他の医師なら7時間が普通)、患者さんに同行する私も経験的にも知っています。3000例を越える手術経験もさることながら、先生の話してくれた「企業秘密」もあるのです。その秘密の一部を明かしますと、MTFではもともとない所に新膣用の空間を造る手術工程に一番時間がかかります。直腸や膀胱などの内部器官を傷つけないように細心の注意が必要だからです。

先生の秘訣は、ある地点まで到達するとメスはもう使わずに、自分の指先だけで掘り進んでいくことです。これが一番安全で、早くて、確実な方法である、と確信をもって話してくれました。集中した指先が一番信頼できるセンサーであり、それが医師の脳と直結して最速で最適な判断方法になっているということでしょう。

これらの話しにはみな共通点がありますね。最近よくある名医を取り上げたテレビ番組のように「神の手」などと大げさに美化したくはありませんが、外科医の指先・手先はどんなコンピュータにも勝るセンサーであることは間違いないと思います。SRS関連の手術はとくに先端技術を駆使した高度医療とは縁の薄い分野で、医師の手先の技術と造形センスがものをいう世界であることを改めて認識した次第です。清潔で近代的な病院の中であっても、人間の体にメスを入れる外科医師は「町工場のおやじさん」でいいのです。

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