2007年6月19日火曜日

親・家族のためのGIDガイド (その2)


男と女は脳内構造が違う

GID(性同一性障害)がどのようにして発生するかまだ解明されているわけではないですが、仮説として受け入れられつつある説が前稿でもふれた生物学的な要因です。つまり、胎児の発生段階から生物学的な生成過程において、遺伝子やホルモンなどの相互作用によって脳内の構造が決定されていきます。この胎児の成長過程で、脳内の性意識の発達に生物学的な要因が大きな役割を果たしているという説が有力視されています。性意識とは、「男」か「女」であるかを自ら認識する脳の機能の一部です。これは身体の特徴の外観で「男」「女」を識別できる、外観による自己の性別認識とはまったく別ものと考えてください。

頻繁ではないにしろ、脳の性自認と、身体の性別を示す特徴が一致しないという現象が起こります。これは男女を問わず起こりますが、自らの意識している性自認と身体の性別との違いに気づく過程や、何歳ごろから意識するようになるか、またその違和感の程度などは個人により大きな開きがあります。このミスマッチが、何が引き金になって、どのようにして起こるのかが解明されていないのは何とも歯がゆいばかりですが。


トランスジェンダー(TJ)

この性自認と身体の性別との違いに違和感をもつ人たちは、「トランスジェンダー」または「TJ」の総称で知られています。トランスジェンダーの人たちが自らの性自認に基づいて表現している、社会的な行動はバラエティーに富んだものです。ある人は別の性別での行動は(例えば男性が女装する)、週末だけでも精神的に満足する。ある人は、行動範囲を広げて女装での買い物などの外出機会を増やし、またある人たちはグループの集まりに参加したりして、性自認を社会的にも自ら検証しながら違和感のない生活を送ろうと努めたりしています。


トランスセクシュアル(TS)

トランスジェンダーは医学的な治療は必要としない人たちもいて、カバーする範囲が広い総称です。その中に、自らの性自認に合わせて、身体の性とは別の性役割で生涯生きていきたいという、強い押さえることのできない感情を抱く人たちがいます。こういう人たちは一般人口から見れば少数ながら存在し、この人たちが「トランスセクシュアル」と呼ばれています。この用語には性別をトランス(=横断)するという意味合いがあり、それには、「男から女」へ、また「女から男」との両方があります。

「トランスジェンダー」と「トランスセクシュアル」の人たちの間で明確な定義があるわけではないですが、「トランスセクシュアル」という言葉は身体の「外観上の性別」から「性自認の性」に向けて横断中か、またはすでに横断をすませてしまった人たちを指す場合に使われているようです。男性から女性へのトランスをしている人は「トランス女性」、女性から男性へトランスする人は「トランス男性」となるわけです。このけわしく長い距離を横断して目的地にたどりついた人たちの多くは、その後は単なる「男性」、または「女性」として生きることを望んでいて、また周囲からもそのように扱って欲しいと願っているはずです。


ホモセクシュアル(同性愛)との違い

「性指向」と呼ばれるのは、性行動において同性を好むか異性を好むかという、パートナーとしての好みの方向性の問題です。その意味で、性指向が同性のみに向けられるゲイやレズビアンの同性愛者と、頭の性自認と身体の性の不一致に悩むトランスセクシュアルとは明確に区別して考える必要があります。簡単に言えば、同性愛者は性自認と身体の性に違和感はなく、身体の性を変えたいなどと考えたこともなく、今のままでハッピーなのです。一方、トランスの場合は、手術までしても身体の構造を変えて、頭で自認している性に合わせたいと切望している人たちです。

話しがさらに複雑になりますが、トランスの人たちの間にもストレート(異性愛)の人もいれば、ゲイ・レズビアン(同性愛)、バイセクシュアル(両性愛者)、エイセクシュアル(性無関心者)、などがいて性指向の点では普通の人と変わりません。また性指向が胎児の脳の発育過程と関係あるとの見方が研究者の間では支持されつつあり、それは根拠のない説ではなさそうです。それが証明されると、ゲイやレズビアンの同性愛者も、この世に生まれる前にすでにその性指向が決められていたということになります。

性的少数者を総称して英語の頭文字から取った「LGBTI」(=Lesbian,Gay,Bisexual,Transgender,Intersex)には共通して、生物学的な要因が関係していますが、これまでの説明からも両方にまたがるケースもあることがわかります(例として、TS+Lesbian)。また、共通しているもう一つの問題は、これら「LGBTI」の人たちは自らの責任ではないにもかかわらず、社会的に差別を受けているという事実です。社会の無知と無理解と、そして理解できない人たちを恐れて遠ざける心理がその根底にあるのではないでしょうか。


「セックス」と「ジェンダー」の区別

基本のおさらいになりますが、男性と女性を区別する特徴には二つの要素、「セックス」と「ジェンダー」、があります。「セックス」とは、肉体上の構造のことを指し、性器の外観だけでなく精巣(睾丸)や卵巣などの内性器も含み、男性と女性ではそれぞれが異なった構造になっています。「セックス」は日本語としては狭い意味の性行為を指して使われることが多く、海外旅行で記入する書類などに「SEX」という欄を見るとなんとなく違和感を持つことがあります。要するに、体の性別のことなのですが・・・・。

「ジェンダー」は二つの要素に分かれます。その一つが「性自認」で、誰から言われなくても自分で自覚している「男の子」か「女の子」かの性別意識のことです。もう一つは、「性役割」(=Gender Role)というもので、自分が社会的に男か女のどちらの役割で行動するかという規範です。昔にくらべると大幅に男女間の平等意識が高い社会になったとはいえ、学校では服装は明確に分けられ、スポーツや遊びゲームも別々なのが普通です。また、興味の対象もそれぞれ違っていて、付き合う友達も性別にグループが分かれます。

社会一般的には、性自認と性役割は一致していて、人間はみんな「男」と「女」の二つの種別に分類されると思い込んでいます。「男の子」は大きくなると「男」になり、「女の子」は「女」になるわけです。誕生して体の性別が判明するやいなや、自動的にその子の性自認も同じだと想定されるのです。ところが、時には少数とはいえミスマッチが起こるのに驚いてはいけません。外観の性別から周囲や社会が期待するものと、当人が内面で感じて行動で表現したいことがまったく合わないのです。このような状態が、当人にとっては深刻な「性別違和感」となって意識されるようになります。それはうつ病に近い症状かもしれません。


手術による治療に向けて

幼児期から思春期を経て、さらに成人期を迎えるにつれてこの性別違和感はますます激しくなり、我慢の限界と感じる人も少なくありません。違和感の程度には差はありますが、トランスセクシュアルと自認する人たちは自ら自覚している性自認に従って生きることを決意して、医学的治療を開始する人も多くいます。これはそれまでの社会的通念とは反対の性で生きるということであり、軽々しくできる決心ではありません。もう後戻りはできないのです。

その一歩としての精神科医による「性同一性障害」であるという診断に基づき、ホルモン投与の治療に入り、最終的には外科手術により身体の性別を本来の性自認に合わせる「性別適合手術」(=性転換手術)を受けるという順序で進みます。最初の治療開始から手術までは最短でも2年間はかかるのが普通です。男性から(本来そうあるべきだった)女性にもどるトランスセクシュアルは「トランス女性」であり、女性から本来の男性にもどる人は「トランス男性」と呼ばれます。手術の結果として自分本来の性にやっと戻れたことにより精神的な調和を得て、新たな人生を前向きに歩み始める当事者が多いという事実から、この性別適合手術の持つ医学的、社会的意義をもっと肯定的に評価すべきではないでしょうか。


手術後の性指向

前にもふれたように、性違和感は性指向とはまったく関係ありません。トランスの当事者も普通の人たちと同じように、パートナーの好みの対象は反対の性の場合もあれば同性の場合もあり、またどちらの性でも良い人、さらには性行動には興味を示さない人など、さまざまなケースがあります。興味深いのは、性別適合手術を済ませるまでは、手術後に自分の性指向かどの方向に向かうのか分からないというケースが多いことです。それまでと同じかもしれないし、また変わってしまうかも知れないということです。

性に関することはこのように不思議なことが多いのは事実で、当人だけでなく家族にとっても大きなストレスになりますが、性違和感・性同一性障害という症状は、病気ではないと同時に精神の病とはまったく関係ないということを、治療への第一歩の段階でよく理解しておく必要があります。


法的な環境整備も進む

国際的にも広く認められるようになった性同一性障害は、日本でもその対象者であるトランスの人たちの法的な権利がだんだん認められるようになっています。治療の一部は保険の対象にもなり、また名前の変更、さらに2004年からは性別適合手術を済ませた人には戸籍上の性別変更も可能になり、すでに50人をこえる対象者の戸籍変更が家庭裁判所で認められています。その他のあらゆる公的・私的書類の性別変更も可能になり、さらに、新しい性別にもとづき正式に結婚する道まで開らかれています。

もし家族の方が成人した息子または娘からその悩みを打ち明けられたとしたら、そのときは当人にとってはもうすでに我慢の限界に来ているときだと解釈してもよいと思います。家族の精神的サポートをもっとも必要としているのです。その時に家族、とくに両親の理解が得られるか、少なくとも理解しようとする姿勢が見られるかどうかが、当人の今後の治療に向けての取り組みに大きな影響を与えるのは間違いありません。

打ち明けるには勇気がいるのです。それを尊重して、理解を示してあげるのが親にできる大きな第一歩です。それが何よりも力強いサポートになります。現実には親から拒絶されるケースが多いのを見聞きするにつけ、なにはできなくても我が子を理解しようとする親らしい態度だけは示して欲しいと願わざるをえません。

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前稿のおさらい的な内容が多くなりましたが、次回は具体的な治療に向けてのステップを追っていきます。
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参考文献としてイギリスのGID研究・TS当事者支援団体「GIRES」のウェブサイトを利用させて頂きました。(http://www.gires.org.uk/)(GIRES=Gender Identity Research and Education Society)
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2007年6月9日土曜日

親・家族のためのGIDガイド (その1)



性同一性障害(GID)とはどういうこと?

人間は幼少のころから自分が男であるか、女であるか、人から言われなくても自覚するようになります。その自覚にもとづいて男の子は男らしい、女の子は女らしい行動を自然にとるようになり、これを性の自己認識、つまり「性自認」と言います。その頭で自覚している性自認が、身体に表れている男の特徴(または女の特徴)と合致しないという症状が日本では「性同一性障害」と呼ばれています。同様のケースが世界中に数多くありますので、国際的には「GID」(=Gender Identity Disorder)として認知されています。

ざっくばらんに言えば、頭では自分は女の子だと思っているのに、オチンチンがくっついている。この違和感に気付くのは早い人では2-3歳ごろから、遅い人では思春期から自覚するようになり、歳とともにその深刻さが増してくるのが普通です。その違和感のもたらす深刻さは、おそらく常人には想像できない性質のものでしょう。

この性自認と身体の違和感には軽度の場合もあれば、どうにも我慢のできないほど深刻に悩むケースなど、さまざまです。年齢によっても悩みの度合いは違います。深刻な場合にはその最終的な治療方法としては、身体の方に手術で手を加えて(いわゆる性転換手術)、頭の性自認に合わせる方法しかありません。そこまで考えている性同一性障害者は「トランス・セクシュアル」、略して「トランス」と呼ばれています。トランスとは「男から女へ、女から男へ横断する」という意味です。また「トランス・セクシュアル」を略して「TS」とも呼ばれます。これらは蔑称ではなく、当事者たちが世界中で共通に使っている言葉です。医学上は「トランスセクシュアリズム」(=性転換症)という名称が付けられています。


GIDはなぜ起こる?

科学、医学の進歩した今日でもまだその正確な原因は解明されていません。ただ、仮説の段階ではありますが、男と女の脳の神経回路には明確な違いがあり、その回路構造の違いが「男」、「女」の性自認を区別している、という見解が研究者の間で注目されています。この「男」「女」に分かれる性分化は胎児期から始まり、誕生直前、そして誕生後も発達を続けます。これは他の哺乳動物でも同じことです。この性分化の進行にホルモンが重要な役割を果たしている、という仮説が一般的になっていますが、具体的に何がどうしてそうなるのか、というメカニズムはまだ解明されていません。

子供の性自認は普通ならば身体の特徴と一致しています。つまり、男の子なら男の子らしく振る舞い、女の子は他の女の子と同じような言動を好むものです。ところが、少数ながら身体の性別とは違った性自認をもつ子供が生まれます。この頭と身体の不一致は成人するにつれて変化する場合もあり、変化しないケースもあるため、子供の段階で将来を決めつけることはできません。ただ、身体の特徴に合わせて男(または女)として育てても、また親としてそのための環境を整えてあげても、この頭と身体の不一致が大人になっても執拗に続き、その結果トランス・セクシュアルとしての生き方を選ぶ場合も少なくありません。そして、その症状が精神科医や専門医によって「性同一性障害」として認定された場合には、ホルモン投与を手始めとして治療を開始し、最終的には「性別適合手術」(=性転換手術)に進むことになります。


「左利き」や「ゲイ」も先天性?

この医学的には「性転換症」(=トランスセクシュアリズム)と呼ばれる症状は、脳の神経構造が身体の構造と反対になっていることから起こると信じられていますが、その原因には生物学的な要素が関係していることは他の例からも証明されつつあります。例えば、左利きの人の場合です。多数を占める普通の右利きの人には、左手で字を書いたり箸を持ったりするのは奇異な感じがしますが、左利き当人にとってはごく当たり前のことなのです。生物学的にそういう脳の構造で生まれてきているのが原因の場合が多いそうです。また、ゲイやレズビアンなどの同性愛もすでに生まれる前に生物学的に決定づけられているという見方が近年注目されるようになり、近い将来の科学的解明を期待するばかりです。


治療の方法は?

性同一性障害の子供を、その身体の特徴に合わせて、家庭内でも社会的にも適切に扱っていけば、その症状を軽減しまたは防止できるのではないか、と誰しも考えることですがその有効性は未だに証明されたことはありません。反対に、性器の外観からは男女の区別がむずかしい「半陰陽」(=インターセックス)の過去の症例から証明されていることは、頭の性自認は性器官の外観とは関係なく機能しているという事実で、たとえ医学的に外観を変えても、またその変えた外観に合うように周囲が社会的な配慮をほどこしても、性自認は変えることはできないことです。

つまり、性同一性障害・性転換症の場合には、最終的には頭の性自認に合致するように身体を外科的な手術で変えるしか方法がないことになります。その一方、手術までしなくても日常生活に支障を感じない当事者の方も少なからずいるはずです。いずれにしても、性同一性障害を一つの単純な原因に決めつけるのは不可能で、複雑な多面的な要素がからみ合っていることは確かなようです。その診断に際しては当事者本人の自己申告が大きな要素となり、それを専門医の医学的な見解に基づいて将来の方向を探るという診断プロセスをとることになります。

結論として言えることは、性同一性障害・性転換症は脳の神経組織の発達過程と深い関係があることです。社会的な人との交わりや心理学的・精神科的な治療だけでは、この症状は解消されないことはすでに証明されています。継続的なホルモン治療に引き続き、性自認と肉体的外観を一致させるための形成外科手術(性別適合手術)に進み、当人を社会・心理面から支える連携したサポート態勢、そして当人に適した職場や社会的な役割を用意し補佐していく態勢があれば、当事者には大きな恩恵と精神的な支えになるでしょう。それにはまず、両親をはじめとする家族の理解が不可欠です。


親の責任ではない!

性同一性障害・性転換症は、医学的な治療の必要から、また将来の保険適用の可能性を視野に入れて、便宜的に「障害」とか「症」を付けて呼ばれています。この本来病気ではない「症状」は、数千年前のギリシャ時代から存在し、日本でも平安時代の文献に記述があることから、大気汚染や公害・薬害とも関係なく、また世界中のあらゆる地域に存在していることから、人種や文化とも関係ない。また、仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教など、宗教にも一切関係なく広く分布しているのは驚くばかりです。原因がはっきり究明されていない現段階では、「神様のイタズラ?」と言いたくなるのも無理ありません。どこの国でも無理解や偏見が根強くあるのは残念ですが、そのため英国では「トランスセクシュアリズム(性転換症)は精神病ではない」と、政府見解として公式に表明していることを付け加えておきます。

以上のことから、少なくとも親の責任ではないことは理解して頂けたと思います。根拠のない罪の意識から子供を遠ざけたり、親子や兄弟関係が疎外されているケースも少なくありません。社会的に少数者であるGID当事者は、親には想像もできない疎外感を味わっているはずです。親に求められているのは、ひとりの正常な精神をもった人間として理解するための、一歩の歩み寄りだと思います。そこから新しい親子関係が築けるのではないかと思います。

次回も引き続き、性同一性障害・性転換症について両親や家族の参考になると思われる情報を取り上げます。

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参考文献としてイギリスのGID研究・TS当事者支援団体「GIRES」のウェブサイトを利用させて頂きました。(http://www.gires.org.uk/)(GIRES=Gender Identity Research and Education Society)
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