2011年4月17日日曜日

“SRSを無料で提供します”


“SRSを無料で提供します”

このバンコクポスト紙の2月24日の記事は、ちょうどその時バンコクに滞在中だったのに気が付かず、やっと昨日になってBPネット版の関連記事として目に飛び込んできました。

掲載された写真も大いに参考になりますので、遅まきながら紹介させていただきます。写真のキャプションを翻訳しておきますので、この記事の主眼がおわかりになると思います。タイのトランスジェンダーの状況がたいへん身近に感じられて、私としても思わず“グッドラック”と声援を送りたい気持ちになりました。

8枚のスライド写真は以下のURLからアクセスできます:
http://www.bangkokpost.com/multimedia/photo/223339/A-Free-Sex-Change

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性転換手術はタイではどの医療保険制度でもカバーされていません。「シスターズハンド(姉妹の手)財団」は私的な組織で、少数のトランスジェンダーの性転換手術費用を全額提供するのを目的に設立されたものです。

《写真のキャプション》 (Photos by Somchai Poomlard)
(1)シスターズハンド財団の提供する資金援助に応募するために、タイ・トランス女性協会本部に集まったトランスジェンダーたち。(写真: ロビーで待機する応募者たち)

(2)この財団は手術費用をまかなえない対象者に、無料で性転換手術が受けられるための費用を提供します。

(3)2010年に始まったこのプロジェクトは2年目を迎えます。手術は約100,000バーツの費用がかかるため、毎年5人分の予算しかありません。今年は100人近くが応募しました。

(4)前ミス・アルカザーとして有名になり現在はタイ・トランス女性協会の会長をつとめるヨランダ・クリッコンさんによると、性転換手術が医療保険に対象になっている国もあるが、タイではそのような制度は存在しない。そのためシスターズハンド財団が設立され、自分では手術費用を負担しきれない当事者たちの希望を支える役目をになうことになった。(写真:ミス・ヨランダ)

(5)手術を受ける資格を満たす条件として、トランスジェンダーは一連のテストをクリアする必要があります。応募者はそれぞれ精神科医とホルモン専門医の承認を受けたのち、12ヶ月以上の期間を女性として生活を送っていることです。

(6)タサランガ・オンミースクさんはこの制度のもとで初めて性転換手術を受けた一人です。今回の応募集会ではこの制度のおかげで自分の人生がいかに変わったか、涙ながらに語りました。(写真:ミス・タサランガ)

(7)前回のもう一人の合格者は、選考にパスしてどんなにうれしかったかとそのときの感激を語った。自分は生まれ変わったと感じたこと、それまでは毎日苦しい日々を送っていたこと、選考に受かったときは、一切のためらいや恐れはなかった、痛みなどはちっとも怖くなかった、たとえ死ぬような結果になろうとも手術は受ける心の用意はできていた、完全な女性になれる日を待ち焦がれていたのだから、と自らの体験を語った。

(8)この応募イベントでは、アルカザー・パタヤから招かれたキャバレータレントが雰囲気をやわらげるため演技を披露した。

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《解説》
●手術費用の10万バーツとはいくらくらい?大卒の初任給が約1万バーツとして、10か月分の給料に相当します。日本の貨幣価値でいえば200万円前後に相当する額でしょう。タイの生活物価水準からも相当高い金額で、若者が単独で出せる額を超えています。日本人がタイで手術する場合はMTFで80万円―100万円くらいですから、日本人にとっては国内よりもやはりタイでの手術の方が安いと言えます。10万バーツは現地のタイ人特別価格で、外国人には別の料金体系が適用されます。

●「アルカザー」というのはビーチリゾートのパタヤで有名な、いわゆるニューハーフショーの劇場です。現地ではキャバレーショーと呼ばれていますが、日本のホステスのいるキャバレーとは違いショーを見せる劇場です。多くのTSがショータレントとして働いており、観光客の間で大評判です。世界各地での海外公演も好評を博しているようです。

●PAIでSRSを終えたばかりのイタリア人のTS女性と話す機会がありました。彼女の言うには、イタリアはカトリックの国なのでGID当事者にとっては宗教的偏見もあり暮らしやすい国ではない。SRSは公立の病院なら無料で手術が受けられるが、医師の技量レベルに問題があり、後悔して泣いている友人が少なからずいる。私はタイのことは予備知識もろくになかったが、結果的にバンコクに来たのは大正解だった。ここの清潔な病院やスタッフのサービス、医師の技量などすべて安心できる水準なので、帰ったら友達にもタイを勧めるつもりだ、と大満足の様子でした。

●この記事の写真からも若い女性が多いのに気づくでしょう。以前にも触れましたが、タイではゲイやトランスジェンダーに対する社会的な抵抗が低く、多くのTG、TS当事者が十代からホルモン治療などに進み、クロスドレッシング、反対の性での生活などSRSへの準備に早期から取り組んでいます。ただ、SRSは18歳を過ぎるまで許可されません。また、SRSを済ませたあとでも戸籍やIDカード、パスポートなどの性別変更が許されないなどの社会的障害は依然として解決されていません。

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2011年4月8日金曜日

声の女性化手術


声の女性化手術について

このテーマについては患者さんから問い合わせがあり、今年2月にバンコクに行った折にプリチャー先生に相談したばかりでした。というわけで、前回投稿した女声と男声を自在に歌い分けるタイの女性歌手のニュースは、ほんとにタイミングよく飛び込んできたわけです。

プリチャー先生に声の女性化手術でだれか推薦できる医師はいますかと聞くと、ためらいなく返事が返ってきた。

「世界中どこを探してもそんな医師はいない。手術で声帯のピッチは変えることはできても、その結果どういう声になるかは予測できない。耳障りなピッチの高い声になるかもしれないし、ヒューヒュー息が漏れるような声になるかもしれない。それを修正するのはさらに大きなリスクが伴う。のどに傷跡も残る。どんな手術でも完璧は期待すべきではないが、この手術は患者にとってリスクが大きすぎる。PAIではこの手術は行わない」、ときっぱり言う。

「タイでもこの手術を行っている医者はいるが、手術後に声が出なくなったケースもあったことも知っている。国際的な学会でもこの話題がでるたびに、その手術の効果に否定的な見解が圧倒的である。やはり、時間はかかるが女性の声をまねる訓練を行うのが一番安全な方法だと考えている。」

手術ではなく発声訓練で

2004年にバンコクで行われたSRSワークショップで講演したオランダの医師は、「一番現実的でお勧めできるのはプロの役者のように女声の発声法を時間をかけて身につけることだ。腹から声を出すのではなく、意識的に少し上にあげて胸あたりから出すように訓練すれば、声のピッチも高くなり女性的な発声になる。あせらずに時間をかけて訓練すれば、違和感のない女声の話し方ができるようになるでしょう。」と言っていました。

発声法についてはその分野の専門家もいるようですので、ネットで調べるなどして指導を受けるのもいい方法かもしれません。

数年前の日本のGID学界でもこのテーマの講演がありましたが、経験あるその医師も手術の結果どういう質の声になるかは予測できない、とこの手術の難しさを指摘されていました。

予測できるリスクの大きさと、うまくいった場合の価値とのバランスをどう判断するか。それは個々人の価値判断によりますので、いちがいに決め付けるべきことではないと思います。ただ、SRS関連の他の手術にくらべてリスクが高い手術であることは念頭に置くべきでしょう。

日本のテレビによく出る有名TSタレントでも、声の女性化手術を受けているひとはいないのではないかと思います。それぞれ自分の自然な発声法と、女性でも男性でもない中性的な感じの声で話されているのを見ても違和感はありません。女性的な身のこなしや話しぶりが身についている限り、声の質という物理的な要素はそんなに大きな意味は持たないと私自身は感じています。

TSと俳優の人生

もともとジェンダーは女性だといっても、身についた男性としての身のこなし、マナーなどは簡単には女性化できません。服装やヘアスタイルなど外見は女性化しても、周囲に与える印象は男性時代のなごりをひきずっているのが普通です。

まず周囲の女性の身のこなし、立ち振る舞い、テーブルマナー、しゃべり方、ジェスチャーなどをよく観察することです。俳優はよく観察することで、その人物になりきった自然な演技ができるようになります。“言うは易し、行うは難し”なのはよく分かりますが、シェークスピアの言ったように“人生は劇場であって、それぞれが登場人物の役割を演じている」のです。むずかしいからと言って役を降りることは許されていません。完璧にその役になりきることはできないし、またその必要はないのです。

SRSで肉体的に本来の性になるのは(完璧を求めない限り)比較的に簡単です。ただ、それで終わりではないことがやっかいなのです。TSとして社会の中で生きていくためには俳優の人生が待っていることを自覚するのが必要ではないかと、SRSの現場にたち会うたびにつくづく思います。

毎日舞台に立っている俳優のつもりで本来の自分の性の役割を演じてみてください。何事にも完璧はありません。一生続く稽古のつもりで、めげずに励んでください。ご健闘を!

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2011年4月5日火曜日

女声・男声を歌い分けるTS歌手


女声・男声を歌い分けるTS歌手

いまタイのみならず中国などでも、YouTubeを通してセンセーションを巻き起こしている歌手がいる。
MTFトランスセクシュアル歌手、ヌンティタ・カンピラノン(愛称ベル)さんである。

Britain’s Got Talent というイギリスのタレント発掘番組で世界にセンセーションを巻き起こした、スーザン・ボイルなみの騒がれようである。このタイ版であるThailand’s Got Talentがバンコク・ポスト紙(4月2日版)に紹介されているので、その記事を翻訳してご紹介しましょう。

ヌンティタさんのなんとも愛くるしい顔立ちと、素直でやさしい見事な女声は観客の男女を問わず魅了してしまった。しかも、低い男声でも歌えるのがこのひとの才能なのです。





YouTubeで3月13日に放送されたコンテストの動画のタイトルは:
"Thailand's Got Talent: Boy or Girl?" (すでに327万以上のアクセスあり!ぜひトライしてみてください)

もう今頃には100万人以上の人たちがこのThailand’s Got Talentのシーンを見たに違いない。美しいの一言に尽きるトランスジェンダー歌手、ヌンティタ・カンピラノン(愛称ベル)さんが、女の声で歌い始め後半は男の低い声で歌い終えるという類まれなタレントを披露し、三人の審査員を煙に巻きながら、一方では観客を歓喜させたのです。

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(以下はインタビュー内容)
バンコク東北部のナコン・ラチャシマ県出身のヌンティタさんの言うには、「自分の覚えている限りでは、子供のころから自分は男の身体にとじこめられた女だと気づいていました。」

「軍隊に所属する父親の一人息子だったので、男の子である自分が女性的な態度や感情を表に出すのは父親とのもめごとのもとになりました。」

「学校では男の子たちは私をからかい、しょっちゅういじめられました。家では父に死ぬほど殴られたこともあります。父は私が“普通の子”であって欲しかったのです。」

いじめをどうやって乗り越えたのかの問いには、ヌンティタは歌を唄いたいという情熱がだんだん大きくなったのが救いになったという。

「小さいころから歌うのは大好きでした。お父さんはカラオケが大好きでした。おばあさんも昔は歌手だったのです。というわけで、歌への情熱は家系の血の中にあったのでしょね。」

「十代の頃、歌唱クラブに入りました。私の夢を実現するためにできることのひとつだったし、同時に他の男の子たちから距離を置くには好都合だったのです。」

「もっと大事なのは、歌唱コンテストで学校代表として認められるのは、学校でただのゲイボーイと呼ばれてからかわれるよりははるかに意味があったのです。」

職業学校での教育期間が終わると、ヌンティタはバンコクに出てもっと勉強したかったものの、家庭の経済事情がそれを許さずあきらめざるをえなかった。

「学校を卒業すると地元のラジオ局でDJの仕事が見つかり、さらにクラブで歌い始めることができました。」

ある晩、面白い発想がヌンティタの頭に浮かびました。それは、仲間の歌手たちを喜ばてやろうと男声と女声の両方で歌って見ようと決めたのです。

「男声で歌うと、観客は私がトランスセクシュアルだと気がついたらしいのです。皆さん大変喜んでくれました。その時以来、聴衆を前にするとこのトリックで歌っています。」

バンド演奏で歌っているうちに彼女の才能が発揮されただけでなく、ボーイフレンドもできたのです。

「ボーイフレンドもバンド仲間でした。8年間も一緒にいたのですが、私がバンコクのショーに加わる決心をしてからは関係が悪くなり、終わりになってしまいました。」

チャンスのドアが開けると、ヌンティタは迷わず飛び込み、心の声に従ったのです。Thailand’s Got Talentについてヌンティタがとくに感謝していることは、このショーはジェンダーが何であれ、皆それぞれに平等のチャンスを与えてくれることです。

「このショーに出ようと決めた理由は、すべてのジェンダーに開かれているからでした。私にとって最高の舞台であり、自分の才能と私が何者であるか、観客の面前で堂々と見せられる機会だったのが主な理由です。」

三人の審査員が全員一致で合格の票を入れたあと、ビデオの終わり部分でヌンティタはカメラに向かい、父親への短いメッセージを送りました。「お父さん、私はやっとやり遂げました。愛してるよ、お父さん」

このイベントの後で父親と話す機会があったかと聞くと、ヌンティタは「はい、父は今では私のことを誇りに思っている。そして、お前がどんな人間であろうとも、善良な心をもつ人になりなさい」との父親の言葉を教えてくれた。

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ヌンティタは女声、男声、とも両方使いこなせるということは、彼女は声の女性化手術など受けていない証拠です。歌うことで時間をかけて声の女性化に見事成功した、模範的な例ではないかと思います。

では、自宅のカラオケ装置を使って練習するというのも、簡単で実行可能な方法ではないでしょうか。

MTFの声の女性化手術については最近プリチャー先生とも話し合ったばかりですので、次回のテーマとして取り上げることにします。

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