2007年6月9日土曜日

親・家族のためのGIDガイド (その1)



性同一性障害(GID)とはどういうこと?

人間は幼少のころから自分が男であるか、女であるか、人から言われなくても自覚するようになります。その自覚にもとづいて男の子は男らしい、女の子は女らしい行動を自然にとるようになり、これを性の自己認識、つまり「性自認」と言います。その頭で自覚している性自認が、身体に表れている男の特徴(または女の特徴)と合致しないという症状が日本では「性同一性障害」と呼ばれています。同様のケースが世界中に数多くありますので、国際的には「GID」(=Gender Identity Disorder)として認知されています。

ざっくばらんに言えば、頭では自分は女の子だと思っているのに、オチンチンがくっついている。この違和感に気付くのは早い人では2-3歳ごろから、遅い人では思春期から自覚するようになり、歳とともにその深刻さが増してくるのが普通です。その違和感のもたらす深刻さは、おそらく常人には想像できない性質のものでしょう。

この性自認と身体の違和感には軽度の場合もあれば、どうにも我慢のできないほど深刻に悩むケースなど、さまざまです。年齢によっても悩みの度合いは違います。深刻な場合にはその最終的な治療方法としては、身体の方に手術で手を加えて(いわゆる性転換手術)、頭の性自認に合わせる方法しかありません。そこまで考えている性同一性障害者は「トランス・セクシュアル」、略して「トランス」と呼ばれています。トランスとは「男から女へ、女から男へ横断する」という意味です。また「トランス・セクシュアル」を略して「TS」とも呼ばれます。これらは蔑称ではなく、当事者たちが世界中で共通に使っている言葉です。医学上は「トランスセクシュアリズム」(=性転換症)という名称が付けられています。


GIDはなぜ起こる?

科学、医学の進歩した今日でもまだその正確な原因は解明されていません。ただ、仮説の段階ではありますが、男と女の脳の神経回路には明確な違いがあり、その回路構造の違いが「男」、「女」の性自認を区別している、という見解が研究者の間で注目されています。この「男」「女」に分かれる性分化は胎児期から始まり、誕生直前、そして誕生後も発達を続けます。これは他の哺乳動物でも同じことです。この性分化の進行にホルモンが重要な役割を果たしている、という仮説が一般的になっていますが、具体的に何がどうしてそうなるのか、というメカニズムはまだ解明されていません。

子供の性自認は普通ならば身体の特徴と一致しています。つまり、男の子なら男の子らしく振る舞い、女の子は他の女の子と同じような言動を好むものです。ところが、少数ながら身体の性別とは違った性自認をもつ子供が生まれます。この頭と身体の不一致は成人するにつれて変化する場合もあり、変化しないケースもあるため、子供の段階で将来を決めつけることはできません。ただ、身体の特徴に合わせて男(または女)として育てても、また親としてそのための環境を整えてあげても、この頭と身体の不一致が大人になっても執拗に続き、その結果トランス・セクシュアルとしての生き方を選ぶ場合も少なくありません。そして、その症状が精神科医や専門医によって「性同一性障害」として認定された場合には、ホルモン投与を手始めとして治療を開始し、最終的には「性別適合手術」(=性転換手術)に進むことになります。


「左利き」や「ゲイ」も先天性?

この医学的には「性転換症」(=トランスセクシュアリズム)と呼ばれる症状は、脳の神経構造が身体の構造と反対になっていることから起こると信じられていますが、その原因には生物学的な要素が関係していることは他の例からも証明されつつあります。例えば、左利きの人の場合です。多数を占める普通の右利きの人には、左手で字を書いたり箸を持ったりするのは奇異な感じがしますが、左利き当人にとってはごく当たり前のことなのです。生物学的にそういう脳の構造で生まれてきているのが原因の場合が多いそうです。また、ゲイやレズビアンなどの同性愛もすでに生まれる前に生物学的に決定づけられているという見方が近年注目されるようになり、近い将来の科学的解明を期待するばかりです。


治療の方法は?

性同一性障害の子供を、その身体の特徴に合わせて、家庭内でも社会的にも適切に扱っていけば、その症状を軽減しまたは防止できるのではないか、と誰しも考えることですがその有効性は未だに証明されたことはありません。反対に、性器の外観からは男女の区別がむずかしい「半陰陽」(=インターセックス)の過去の症例から証明されていることは、頭の性自認は性器官の外観とは関係なく機能しているという事実で、たとえ医学的に外観を変えても、またその変えた外観に合うように周囲が社会的な配慮をほどこしても、性自認は変えることはできないことです。

つまり、性同一性障害・性転換症の場合には、最終的には頭の性自認に合致するように身体を外科的な手術で変えるしか方法がないことになります。その一方、手術までしなくても日常生活に支障を感じない当事者の方も少なからずいるはずです。いずれにしても、性同一性障害を一つの単純な原因に決めつけるのは不可能で、複雑な多面的な要素がからみ合っていることは確かなようです。その診断に際しては当事者本人の自己申告が大きな要素となり、それを専門医の医学的な見解に基づいて将来の方向を探るという診断プロセスをとることになります。

結論として言えることは、性同一性障害・性転換症は脳の神経組織の発達過程と深い関係があることです。社会的な人との交わりや心理学的・精神科的な治療だけでは、この症状は解消されないことはすでに証明されています。継続的なホルモン治療に引き続き、性自認と肉体的外観を一致させるための形成外科手術(性別適合手術)に進み、当人を社会・心理面から支える連携したサポート態勢、そして当人に適した職場や社会的な役割を用意し補佐していく態勢があれば、当事者には大きな恩恵と精神的な支えになるでしょう。それにはまず、両親をはじめとする家族の理解が不可欠です。


親の責任ではない!

性同一性障害・性転換症は、医学的な治療の必要から、また将来の保険適用の可能性を視野に入れて、便宜的に「障害」とか「症」を付けて呼ばれています。この本来病気ではない「症状」は、数千年前のギリシャ時代から存在し、日本でも平安時代の文献に記述があることから、大気汚染や公害・薬害とも関係なく、また世界中のあらゆる地域に存在していることから、人種や文化とも関係ない。また、仏教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教など、宗教にも一切関係なく広く分布しているのは驚くばかりです。原因がはっきり究明されていない現段階では、「神様のイタズラ?」と言いたくなるのも無理ありません。どこの国でも無理解や偏見が根強くあるのは残念ですが、そのため英国では「トランスセクシュアリズム(性転換症)は精神病ではない」と、政府見解として公式に表明していることを付け加えておきます。

以上のことから、少なくとも親の責任ではないことは理解して頂けたと思います。根拠のない罪の意識から子供を遠ざけたり、親子や兄弟関係が疎外されているケースも少なくありません。社会的に少数者であるGID当事者は、親には想像もできない疎外感を味わっているはずです。親に求められているのは、ひとりの正常な精神をもった人間として理解するための、一歩の歩み寄りだと思います。そこから新しい親子関係が築けるのではないかと思います。

次回も引き続き、性同一性障害・性転換症について両親や家族の参考になると思われる情報を取り上げます。

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参考文献としてイギリスのGID研究・TS当事者支援団体「GIRES」のウェブサイトを利用させて頂きました。(http://www.gires.org.uk/)(GIRES=Gender Identity Research and Education Society)
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