2013年12月29日日曜日

インドのゲイ・レズビアンはまたもやクロゼットに逆戻り

LGBT関連ニュース(インド)

インドのゲイ・レズビアンはまたもやクロゼットに逆戻り

Bangkok Post – Business News (16 December 2013)

記者: Sanjay Austa

このニュースのちょうど一週間前の台湾での明るいニュースを取り上げた直後に、今度はインドでは時代に逆行する司法判断が最高裁より出されました。LGBTに関する台湾とインドのこの両極端ともいえる司法の扱いが、今後のアジア諸国の社会にどう影響するかも注目して見守りたいと思います。

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<写真> 「僕を逮捕してくれ。誇りをもって犯罪者になろう」ニューデリーでのゲイ活動家たちの植民地時代に逆行する判決に抗議するデモ。

<記事訳文>

インドにおけるゲイの姿を想像しようとした人たちはおそらく撚りあげた髪の毛、肌にイレズミを入れ、ピンクのシャツを着て唄を歌うように媚びた話し方をする、はでな身振り手振りのタイプを想像したにちがいない。

かれらのアイドルといえば、ゲイであることを派手に誇示するロヒート・バル、デヴィッド・エイブラハム、マニシュ・アローラのようなファッションデザイナーと思ったにちがいない。ファッション業界での彼らのカリスマは絶大で、駆け出しのデザイナーにとってはゲイであることは有利であると思われていた。

しかし、ファッションの世界の妖艶さや華やかさとは遠い世界に数百万人のゲイやレズビアンが沈黙のうちに絶望感にうちのめされていたのです。髪の毛を染めることもなく、身体に刺青を入れることもなく、映画の都ボリウッドの典型のようなこれみよがしの気取りなどみじんも見せない人たちの集団のことです。

この人たちは近所にいるごく普通の人たちで、普通の格好をし、普通の仕事をし、どこにもいる中流階級の未来への希望をもっている人たちです。その多くが小さな町や村に住み、自らの正体は明らかにすることなく生活していました。そのような時代の2009年にデリー高等裁判所が刑法377条への判断をくだして同性愛を無罪とする判決を宣告し、このようなサイレントマジョリティの人たちは自分たちの声を取り戻すことになったのです。

ゲイであることはもはや犯罪行為ではなくなったのです。かれらの肩の重荷がスーッと消え去ったのです。刑法377条は英国のマコ―レイ卿が1861年に起草した植民地施行法令で、同性愛を自然の法則に反する不純な性行為とみなして処罰の対象としたのです。

しかし、今年2013年の12月11日、最高裁判所は何百万人というゲイの男性と女性をクロゼットに押し戻す判決を下しました。デリー高等裁判所の判断をくつがえしてホモセクシュアルの行為を再び犯罪行為と裁定したのです。

5000万人以上といわれるインドの同性愛者たちはふたたび犯罪者として断罪されるのです。この裁定は多くの人々にショックを与え、自発的な抗議の声がオンラインとオフラインを問わず国中に湧き上がりました。

抗議の声はなぜこの世界最大の民主主義国において、合意する大人同士がプライベートな空間で何をしていいのかも自分で決められないのか、という一点です。インドは乳母の世話にならなければやっていけない国になろうとするのか?

インドのイメージそのものが時代に逆行するこのような判決により傷ついている。「今日という日は偏見と人権無視の記念日である」、と著名な作家で自身もゲイであるヴィクラム・セスは言う。

しかし、薄暗いクロゼットからやっと出られて社会の中間層で目立たなく生きていたゲイの男女にとっては、今回の判決の与える影響は計り知れない。

「判決を聞いた時には声をあげて泣きたかった」と29歳の映画制作者のシュレ・二クは言う。「私の場合は母親に同性愛とはどういうものか納得してもらうのに本当に苦労しただけに、家族もやっと私の悩みを理解しはじめた時に今回の判決が出されたのは衝撃でした。とつぜん私は犯罪者の仲間です。この判決は時代が200年も逆戻りしたも同然です。」

調査研究学徒である29歳のワリッドの場合はもっと運が悪かった。彼の家族は彼の考え方を理解しようとする態度を一度も示したことがなかった。父親はもしふたたび彼が同性愛の話をもちだしたら、刺し殺してやるとさえ面と向かって言う始末。今回の最高裁の判断は家族の立場をいっそう強固なものにし、「だから言っただろう!」という態度をこれみよがしに示すようになっている。

「私の父親は私が同性愛者であるよりは死んだ方がよい。われ等の宗教は同性愛を認めていないし、それだけ言えば十分だろう」と父親からはっきり言われたとワリッドは言う。

今回の最高裁の判断は警察にもLGBTコミュニティに対して脅しやゆすりの口実を与える絶好の機会を提供するだけだとワリッドは思っている。「ゲイ仲間同士が集まることやパーティを開くことは、警官に捕まるリスクの覚悟なしにはもうできなくなる。いったん捕まればどんな言い訳をしようとも賄賂の要求から逃れられないだろう」とワリッドは言う。

30歳のビジネスマンであるアンシュ・タクールも同じ意見である。彼も友人から警察がかぎつけて捕まえに来ないように今のうちからゲイのウェブサイトから名前を消した方がよいとアドバイスされたという。「今では自分の安全が脅かされていると感じる。もし自分がパートナーと一緒にいて手をにぎっていれば刑法377条により罪に問われかねない。デリー高等裁判所の判決のあと我々が抱いていた明るい希望はすべて死んでしまった。」と彼は言う。

アンシュもまた自分の同性愛について家族を説得するには苦労した経験がある。「うれしいことに家族は私のことを愛してくれており、今では自由にさしてくれている。同性愛についてはもう話題にしなくなった。心の奥では私がいつかストレートになって女性と結婚し、私のために用意してくれていた生活を送ってほしいと願っているのではないかと思う。今回の最高裁判決は家族を前にして再び私の身の置き所がなくなった気がしてしょうがありません。」とアンシュは言う。

デリーの学生のサンバーヴ・カアリアはボーイフレンドと一緒にスペインに移住したいと数年前に両親に打ち明けたことがある。その時は両親は彼がインドに留まることを望んだが、今度の判決を聞いた後では二人のスペインへの移住には同意すると言っている。

「この判決のニュースを聞いてすぐ私の頭をよぎった想像は、大勢の若いLGBTの人たちが毎日のように自殺するイメージです。それは大都会だけでなく、このような法律の格好の餌食になっていた小さな地方の町に生きる若いひとたちです」とサンバーヴは言う。

28歳のスミロンは女性のスポーツ心理学者で、もう長年にわたって自身の結婚のことについてはのらりくらりと結論をひきのばしにしてきたが、母親は結婚すれば彼女の「症状が治る」のではないかと期待しているようだ。今回の判決が出てからは結婚の問題はもうこれ以上先延ばしにはできないと感じているとスミロンは打ち明ける。

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<訳者コメント>

  台湾の明るいニュースの直後だったので、このインドのニュースは衝撃的です。もう20年ほど前のことですが、2年にわたり4回ほどインド各地を旅行した経験があるので、あの悠久の大地のはかり知れない磁石のような力がそう簡単には人間を開放してくれないのか、と思いたくなります。

  その偏見の根幹はやはりヒンズー教、イスラム教などの宗教です。自由の国アメリカでさえ同性婚を認める州の数はじょじょに増えてはいるものの、州単位の地方分権という政治形態に救われているだけで、カトリックを先頭とするキリスト教の教義をかたくなに守ろうとする団体や個人は少なくありません。アメリカですらLGBTは未だに偏見と誤解と無理解に翻弄されているのです。

日本は特定の宗教にこだわりを持たない世界でもユニークな国です。あらゆる宗教をのみ込むおおらかさがあり、宗教的偏見が個人の自由や人権を侵すというケースは狂信的な小さな教団をのぞいてはごくまれです。

LGBTは先天的にそなわった性指向によるもので、時代背景や社会的な影響とは関係なく個人のなかに顕在化してくるものです。社会的、法的差別の対象になるいわれはないのです。該当する個々人の人権を尊重し社会的に不利益な扱いをなくすという目的を明確にした政治的な判断と政治家の参画があれば、関連する法律を改定してLGBT者がもっと自由に生きられる環境が実現する日が必ずくるだろうという気がしてなりません。

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2013年12月26日木曜日

台湾で手術なしでも法的性別変更が可能になる

TG/TS関連ニュース(台湾)

台湾で手術なしでも法的性別変更が可能になる

(GAY STAR NEWS, by Derek Yiu; 2013年12月9日記事より翻訳)

TSやIS当事者には選択の自由が大きく広がる画期的判断

台湾の衛生福利部(省に相当)は手術等による肉体的性別変更過程を経なくても 法的性別の変更が可能とする判断をくだした。

12月9日に3時間におよぶ白熱した議論の末、衛生福利部は法的性別を 変更したいと意図する個人は、精神科医の診断を含むいかなる医学的 処置を経なくてもそれが可能とするべきであるという結論に達した。

トランスジェンダーとインターセックス当事者のコミュニティーはこの決定を両者 の要求を共に満たすものとして歓迎の意を表明した。

現行の医学的評価過程では医師は患者の両親に面接しなくてはならず、両親に与えられている拒否権が多くの成人した子供の当事者にとっては悪夢となっていたという一面が想起される。

今までもうひとつの障害となって立ちはだかっていた内務省は、さらなる検証と議論を経たのちに、この新しい判断を実施に移すための関連規則やその詳細を煮詰める作業に入ることになる。

内政部(内務省)の管轄する戸籍登記制度は国民のあらゆる法的文書とリンクしており、出生時に登記された性別を変更するためには他の法的文書も変更しなくてはならない、とインターセックス者の権利活動家のハイカー・チュウ氏は本紙に語った。

内政部の現行の規則では、該当する個人は二人の精神科医の承認を経て性別変更に進むことができる。さらに新しい性を獲得するためには当該性別に関連するすべての肉体器官を外科的処置により切除することが要求されている。

(性別変更のために行われる)強制的な手術は多くの当事者にとっては拷問以外の何ものでもない、というのが今日の議論でも明らかにされた論点であった。

「ジェンダー認識はつねに一個の個人の問題に帰着するものです。これは内政部がまた新たに一から学ばなければならない問題です」、とチュウ氏は言う。

ある女性が出生時に間違って男子として登録されたため36年間も差別に苦しめられたが、きびしい法規則が存在したため何もできなかったという女性のことをチュウ氏は語ってくれた。

性転換後に自殺した二件の例をあげて精神科医による診断評価が大事だと主張する医師がいる一方で、性転換後の社会への適応困難という問題はむしろ社会問題として捉えるべきではないかと活動家は討論の中でその見解を述べている。

精神科医の診断評価と性転換手術という二つの要求項目のためと、それに関わる金銭上および肉体的な制約があるために、トランス当事者が望む法的なジェンダーを獲得する妨げになっているのが問題ではないか、と活動家は言う。

昨年のことながらアルゼンチンが世界で始めて、成人ならなんらの手術や医師の承認なしに法的に自分のジェンダーを変更できる国となったことは特筆に値するでしょう。

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GAYSTARNEWS読者のコメント:

台湾よ、よくやった!法的なジェンダーの承認を人質にとって必要もない、また望まない精神科医に送り込むのは重大な人権侵害です。これを終わらせた台湾によくやったと言いたい。(Holly)

台湾よ、おめでとう!愛を込めて。(Garry Forester)

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訳者・投稿者のコメント:

アジア諸国では始めての画期的な政治的判断です。衛生福利部と内政部との法制化の整備が今後順調に進むことを祈ります。

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2012年10月14日日曜日

クロスドレシングに違法判決 (マレーシア)

(Online news: The Bangkok Post; 10/12/2012)

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TS活動家団体の発表によると、4人のイスラム教徒のマレーシア人トランスセクシュアルが、女装禁止令の撤回を求めてイスラム法廷に提訴していた話題の訴訟が敗訴に終わったとの発表が昨日あった。

イスラム教徒が国民の約6割をしめるマレーシアでは、同性愛とトランスセクシュアルのライフスタイルはタブーとされており、今回の裁判はクロスドレシングを違法とするイスラム法廷の裁定を覆そうとする最初の挑戦だった。

首都クアラルンプールのすぐ南に位置するセレンバン州の高等裁判所は、同州の宗教法であるシャリア法は差別を禁じた憲法上の権利を侵害するものであるという4人の原告の訴えを退けた判決であった。

今回の提訴が実現するまで助力を惜しまなかった女性TS活動家のティラガ氏の言によると、判決はクロスドレシング禁止令を覆すのを拒否したが、マレーシアでは法体系が二つあり、イスラム教徒の生活面に関する事柄にはシャリア法が介入し州政府が管理監督する役目を果たしているとのこと。

判事によれば、4人の原告は男性として生まれ、現在もまだ男性であるためイスラム法が適用される。クロスドレシングはイスラム社会では排斥されるべきであると判事は述べたと、取材したAFP通信に答えた。4人は上告すべきかどうか検討中であるとのこと。

提訴した4人はジュザイリ24歳、シュコール25歳、ワン・ファイロール27歳、アダム・シャズルール25歳で、それぞれブライダルショップでメーキャップアーティストとして働いており、日常生活でも女性の服装で生活している。

セレンバン州政府の監督下にあるイスラム法廷では、イスラム教徒の男性がクロスドレシングや女性として振る舞うことを禁じており、4人とも以前に同容疑で逮捕された経歴がある。

ジュザイリとシュコールの二人に対する以前の裁判は現在も進行中であり、もし有罪となれば最高6ヶ月の懲役となる。

昨年には女性としての性転換手術を済ませたTS当事者が身分証明書の性別変更を求めた裁判で、別の州の高等裁判所が訴えを退けた事例があった。この25歳の薬局で働いていたMTF女性は判決の数週間後に、報道によれば心臓病が原因で死亡したと伝えられた。

ソドミー法(男性同士のアナルセックスを禁ずる法)がまだ存在し、20年の懲役刑で罰せられるマレーシア。同様にトランスセクシュアルも社会の片隅に追いやられた存在であり、就業の機会が閉ざされてその多くがセックスワーカーとして生きていくしかないのが現状である。

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(余談1)

ソドミー法はアメリカでは2003年になりほとんどの州が廃止したが、いまだにオクラホマ州、カンザス州、テキサス州には残っている。イスラム教だけでなくキリスト教社会でも同性愛やソドミー行為を忌避するのは、ごく最近まで当然とされていた。それは性行為が子孫を残すための聖なる行為であり、ソドミーや同性愛では子孫は残せない。“産めよ、増やせよ、地に満ちよ”のキリスト教の根幹を揺るがす行為として敵視された歴史がいまだに残っているからだと解釈できます。

同性愛者やトランスセクシュアルは子孫を残せません(精子・卵子保存法などを除いては)。これが一般社会から異端扱いされる原因ではないかと思います。その偏見はイスラム教、キリスト教社会を問わず根強く存在しています。先進国、途上国も問いません。

(余談2)

自分のせいではない、親のせいでもない、社会のせいでもない。自分の感じる性別違和感はだれにもわかってもらえない。それでは、TS当事者はどう生きていけばよいのでしょうか。だれの責任でもない以上、わが身の災難を嘆いてもなにも解決しない。それならば、特別視する世間にも罪はないと開き直ること、そして自分の打ち込める仕事を見つけ自立していくことです。自分なりの生き方を身につければ周囲のひとの見る目もちがってくる。やがて自分の方から違和感なく社会に同化していける日が必ず来ると思うことです。その過程としてSRSの手段をとるかどうかは、当事者個人の判断と行動しかありません。現実に生き生きとして生活しているTS当事者を知る立場にある者からの発言として秤にかけてください。

(余談3)

イスラム教国家マレーシアでもアメリカ同様に、州により社会環境がかなり違う。地方にいくにしたがい保守的な風土となり、とくに女性の自由度は制限されている。首都クアラルンプールは開放度が高く、マレー人女性でもスカーフをかぶるかどうかは個人の自由。やはりスカーフ姿の女性が圧倒的に多いが、これは家庭環境も影響している。また現実的なメリットもあるようで、色とりどりのスカーフでファッションを楽しむ、髪にほこりがつかないので外出時には便利、熱帯の国ながら腕は長袖か7分袖、若い女性はジーパン姿も多い。マレー風のツーピースの衣服も体をしばらず快適ですよ、とのこと。やはり女性が肌を露出するのはつつしむべき、と彼女たちも感じているみたいで、暑苦しそうなイスラムの服装に関してはわれわれが思っているほど束縛感はもっていないようです。若い女性の表情は明るく陽気です。
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2012年8月10日金曜日

”トランスジェンダーの母”の葬列


マレーシア、”トランスジェンダーの母”の葬列


いまマレーシアのクアラルンプールに滞在中です。8月9日付けの現地英字紙「The Star」
にトランスジェンダーに関する記事がありましたので、ご紹介いたします。

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マレーシアではめったに見られない、数百人のカラフルなインド系住民の葬儀の行列が人目をひいた。歌をうたい、踊り、楽器を弾きながらこの葬列に参加したのは、かれらが”母”と親しみをこめて呼んでいたM. アシャ・デヴィに最後のお別れを惜しむ人々でした。

首都クアラルンプールに隣接するプタリンジャヤ市で行われたこの葬儀には、マレーシアにとどまらず世界各地からトランスジェンダーの参列者が集り、”トランスジェンダーの母”にお別れを惜しんでいました。アシャはトランスジェンダー社会では、ここマレーシアだけでなく海外でも尊敬を集めた人物だったのです。

この葬儀はインドのヒジュラと呼ばれるTJコミュニティーで行われる葬儀とよく似ています。ヒジュラは社会的には”男でもなく女でもない”存在として認知されており、インドの一部のマスコミなどでは去勢者(宦官)と呼ばれています。

ヒジュラ社会では、施しを受ける、新生男児の健康を祈ってお礼をもらう、お祭りや集会などで歌や踊りを披露する、女神を祭る寺で仕えるなどが、むかしから生活の糧を得る方法でした。

アシャは”Asha Amma”アシャお母さん)と呼ばれて親しまれ、ここチョウキット地域の”インド人ゴッドマザー”と呼ばれていましたが、8月7日68歳にして心臓病でこの世を去りました。マレーシアのトランスジェンダー女性としては最高齢でした。

アシャは20歳代前半に性転換手術を受け、29歳のときに女性として公式認定されIDカードを政府から交付されています。

その後正式に結婚もし、14年前に夫が死去してからは地元チョウキットで小さなレストランを経営していました。彼女を知る友人によると、アシャはトランスジェンダーの人たちが女性としてのIDカードを取得する手助けや、性転換手術をうけたいと希望する人たちのカウンセラーとして信頼されていました。

この彩り華やかな葬列はセントゥール火葬場まで続き、アシャの死去はここマレーシアのタミール語新聞では大きな扱いで報道されています。

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〔付記〕
マレーシアは人口約2500万人で、およそ60%がイスラム教徒のマレー系、30%が華僑系、10%がインド系の住民です。インド系は英国統治時代に労働力としてインドから連れてこれらたタミール人が多くタミール語、マレー語、英語を話す人が多い。実業家として成功した例も少なからずありますが、やはり大多数が社会的には下層を占めています。

アシャが性転換手術を受けたのはどこかは分かりませんが、およそ45年前ということになります。結婚もできるほどのちゃんとした手術がこの時代にすでに行われていたのは驚きです。

とにかく20台前半という若い時期に手術するのは、生まれたままの性での人生がまだ短いので、本来のジェンダーに合った性での生活には早く適応できる、というプリチャー先生の言った言葉を思い出します。

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2012年7月6日金曜日

性別を記載しない健康保険証発行

GID者に性別記載のない健康保険証発行

7月早々の新聞記事をもう読まれた方も多いと思いますが、読売新聞の7月2日の記事を転載させて頂きます。

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性同一性障害、男女記載しない新たな保険証交付

 松江市は2日、心と体の性が一致しない「性同一性障害」と診断された市民団体代表、上田地優(ちひろ)さん(54)に対し、性別欄に男女別を記載しない新たな国民健康保険証を交付した。  厚生労働省によると、性同一性障害を巡り、本人の要望で保険証の表記を変更したのは全国初という。上田さんは「男性と記された保険証を示すのは精神的に苦痛」として、5年前から保険証の記載を「男性」から「女性」に変更するよう市に要望していた。

 市によると、新たな保険証では、目に付きやすい表紙の性別欄に男女別を記載せず、裏面の備考欄に「戸籍上の性別、男性(性同一性障害のため)」と記している。市は本人の要望を受けて同省などと協議、保険証表記の変更を決定した。 (2012年7月2日21時18分 読売新聞)

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<コメント> SRSを済ませたGID当事者にとっては戸籍上の性別変更が可能になり(2004年7月16日施行)、社会生活上の自由度や精神的プレシャーは大幅に改善されたといってもよいと思います。ただ、SRSをまだ済ませていない当事者やそれを望まない人たちにとっては、公文書の性別記載はいまだに改善・解決してはおらず(パスポート、健康保険証など)、GID当事者が社会生活を送るに際して大きな精神的負担をしいられています。

この度の松江市の例は一地方自治体の働きかけが国を動かしたわけですね。その当事者の方の粘り強い努力と、自治体のとった先例のない行動は賞賛するべきです。ただこの一例だけで全国的に許可されると思うのは早計(つまり早合点)ではないかと懸念されます。他の多くの自治体が動かなければ国が率先して汗をかいて動くことはまず考えられません。自治体を動かすには当事者がまず動かなければなりません。

松江市の例には大いに勇気付けられます。同様の境遇におかれている当事者の方は、まず居住地の自治体に掛け合って、能動的に突破口を開く努力をされるよう進言いたします。

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2012年5月17日木曜日

トランスジェンダーとHIVの問題

アジア・太平洋のトランスジェンダーにHIVの危機が

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(5月17日付けのシンガポールのThe Straits Times記事から)

<バンコク発AFP電>

アジア・太平洋地域のおよそ半分近くのトランスジェンダー当事者が劣悪なヘルスケアとハイリスクなライフスタイルのために、HIV感染率が危機的なレベルに達していると国連の報告書が指摘しています。

このアジア・太平洋地域の900万から950万人のトランスジェンダー人口が、まん延するHIVの影響をもろに受けている、と国連開発計画(UNDP)の報告書は述べており、このトランスジェンダー・コミュニティーに属する49%が感染している可能性があると指摘している。

ただこの数字はトランス女性(男性から女性になる例)の聞き取り調査から得られた感染例から推測される数字であり、UNDPによるとこの広い地域での“分散した、小規模な調査でのデータ”をもとにしていることに留意する必要があるとのこと。

この調査をまとめた香港大学のサム・ウィンター氏は、“この極めて人間的な営みが危機的状況に直面している現実に各国政府が早急な対応策を講じる必要性”を訴えている。多くのトランスジェンダー当事者が生活に困窮したあげく、危険なセックス行為をともなう売春で生計を立てる状況に追い込まれている現状に注意を喚起している。

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<参考>

* タイではSRS手術などの前には必ずHIV検査が行われます。

* HIV陽性者でも手術は受けられますが、手術器具はすべて廃棄処分にされるため手術費用が30%余分に請求されます。

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2012年5月9日水曜日

SRS?GRS?

Gender & Sexuality

何気なく使っているこのような用語に深い意味があることに、あらためて考えさせられる機会がふえて頭を悩ませていました。私はGID当事者ではないので、このような問題を客観視できる立場から私見を述べてみたいと思った次第です。

     <トイレでは「男」と「女」しかないですが、これでよいのか?>

セックスか、ジェンダーか

一般に通用している「性別適合手術」という言葉はSex Reassignment Surgery(SRS)の訳語ですが、これをGender Reassignment Surgery(GRS)と呼ぶ人もいます。タイのプリチャー医師もその一人で、以前からGRSという用語を好んで使っています。SRSが一般的な今ではGRSは古い用語なのだろう、くらいにしか思って深くは追求しなかったのですが、最近ちょっと待てよと思い始めています。GRSにはそれなりの意味合いがあるのではないかと・・・・。

つまり“Sex”と“Gender”の違いと、その相互関連性です。俗っぽい言い方をすれば、“セックス”というのは両脚の間にあるもの、“ジェンダー”というのは両耳の間にあるもの、という明瞭な区別がありますが、両者には密接な関連があります。

ジェンダーセックスの不協和音

両耳の間というのはもちろん脳に関する分野で、神経や精神性をつかさどる通信司令室のある場所です。愛情、幸福感、また違和感や不協和音もここで感受します。両脚の間にある性器官もこの脳内の司令塔に影響を与え、またそこから指令を受ける関係にあります。

おいしい、まずい、甘い、辛いなどの味覚も舌の味蕾で味わうとはいうものの、実際は脳神経を伝わって脳内の器官が感知して味わうのと同じです。舌の味蕾と脳神経は切っても切れない関係にあるのです。ジェンダーとセックスも同じ関係だと言えます。

GID(性同一性障害)というのはジェンダーとセックスの間の不協和音が原因となる悩みですが、ジェンダーは脳神経に関わるもので現状の医学では手術であれ薬物手法であれ、これを変えることは不可能です。一方セックスに関する肉体器官は外科的処置で、完璧とはいえないまでも変えることは可能です。性器官を外科手術によって、男性から女性へ、女性から男性へ、と転換して性別を再指定するのだから性別適合手術(=性別再指定手術)はSRSでよいわけです。この手順をふむことでジェンダーとセックスとの違和感が解消して、生来の性意識に基づく人生が送れるようになる、というのがSRSという外科的処置の果たしている役割だと思います。

セクシュアリティとは?

ところが、性転換手術のアジアの草分け的存在であるプリチャー医師がなぜGRSを好んで使うのか、思い当たるケースに出会う機会が何度かありました。それは、すでにSRSを受けた当事者にも自分の性的指向の対象が異性なのか同性なのか明確でないひともかなり存在することです。

「MTF=男性から女性」を例にとれば、SRSを経て女性になったものの自分の性的指向が異性である男性なのか、手術の結果いまや同性となった女性に向けられているのか、明確な自覚がないという場合です。

生物学的には男性として生まれ育った人が自分の性別に違和感を覚え、SRSを経て念願の女性になれたわけですから、今や異性である男性に性的興味をもつのが普通ではないか、と思うのが“普通”です。ところが、例外というよりは簡単に型にはめてはいけないケースが多々あるということです。

性愛に興味のない人

一般人の中にも「エイ・セクシュアル=asexual」というとくに性愛に興味をもたない人もいるのです。“草食系男子”が増えつつある日本でも言えることですが、アメリカのアルフレッド・キンゼー調査でも未婚の女性では14-19%、未婚の男性では3-4%が、対象が異性であれ同性であれ性的接触に一切の興味をもたないと指摘されています。GID当事者にも同じような傾向をもつ人がいても驚くにはあたらないかもしれません。

念願の女性の身体になったのに、性的興味の対象は意外にも“同性”の女性だった、つまり同性愛指向だったという人もいるのです。心を許し、肉体的な愛情表現の対象として持続的な関係をもてるのは、意外にも同性だったと気付くポストSRSの例は少なくないかもしれません。つまりゲイやレズビアンの関係がトランスセクシュアル当事者にも同じように存在するというのも事実です。レズビアンから派生した“トランスビアン”という言葉もあるそうですから。

ジェンダーとセクシュアリティの相性

ここで興味深いのは、SRS後にどういう性的指向に向かうかは実際に性体験をしてみないと分からない場合があることです。多くのGID当事者は、長年悩みぬいた肉体上の性別の違和感から逃れるために必死の思いでSRSまで進むのが精いっぱいだったことは想像にかたくないでしょう。そのような特殊事情を考えると、異性であれ同性であれ親密な人間関係なしにはむずかしい実際の性体験を経ていないGID当事者が少なくないのではと思われます。

ジェンダーとセクシュアリティの実際の相性テストを経ないままSRSを受け、事後に経験する性体験からはじめて自分のセクシュアリティが確認できたというケースが想定されます。この中には、異性愛もいるでしょうし、同性愛もいるし、性愛などなくても生きていける人もいるというのが現実の姿ではないかと思います。

ジェンダーと肉体的性別との葛藤がなくなっただけで、心の安定を得られたのが最高の幸せだったと感謝の手紙を送りつづけた老年のスイス人の話を先生から聞きましたが、「性転換手術」という単純な用語の裏にはGID当事者の多様な生き様があることを改めて教えられた次第です。

SRSを経てGRSに到達する?

つまり、SRS後にはじめてジェンダーとセクシュアリティの落ち着き場所(相性)が判明する、という見方に私は傾いています。この両者の相性が合致することによって、または両者の葛藤のないエイ・セクシュアルの境地に安住の地を見つけることによって、精神と肉体の安らぎが得られるのではないか。

それがSRSという外科的処置の目指すところであり、それが達成されれば究極の目的である精神(ジェンダー)の安堵が得られる。つまり、SRSはGRSという最終目標に到達するための手段であると言えるのではないでしょうか。

「セクシュアリティ」という肉体的性指向はあくまで「ジェンダー」という性意識の従的な存在なので、「意識上の性別をいったん白紙に戻し再指定する手術」という意味に解釈できる「GRS=Gender Reassignment Surgery」と呼んでもいっこうに差し支えなく、この方が読みが深い術名ではないかと思えるようになった、というのが私の反省です。SRSはGRSへの避けて通れない外科的処置と言ってもいいでしょうか。

プリチャー先生は手術後一ヵ月半経てばもう性交渉をしてかまわないというのが口癖で、ちょっと早すぎるのではと言うと、そんなことはない、一ヵ月半で大丈夫だとゆずらない。医者というのは多くを語らない人が多いので、その真意を類推しての話ですが、SRS後の出来るだけ早い時期にパートナーと親密な性的関係を体験することで、ジェンダーとセクシュアリティの落ち着き場所がきまり、当事者がすみやかに安堵できる境地に達するようにと願っての先生の温情である、と私なりに解釈している次第ですが・・・・。

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