2014年11月21日金曜日
トランスジェンダー勝訴の背景と意味 (マレーシア)
トランスジェンダー勝訴の背景と意味(マレーシア)
先回11月9日の投稿でマレーシアでのトランスジェンダーたちの控訴審に勝訴の判決が下りた記事をお伝えしましたが、この勝訴の意味を一般人や外国人にも分かりやすいようにとの意図で、弁護士の一人を務めたシャーレザン・ジョハン氏の解説がスター紙に載りました。以下はその概要です。(2014年11月12日ネット版The Starより)
マレーシアはイスラム教国家であるため一般国民や官憲のLGBTへの理解はおそらくアジアでも最低のレベルであることを念頭においてお読みください。
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<判決を喜ぶトランス女性たち>
この控訴審での判決はこの国を揺るがすものだった。ヌグり・スンビラン州のシャリア法刑事法令
第66項は憲法違反として挑戦した3人のトランスジェンダーたちが勝訴したのである。
この控訴審法廷において判事全員一致の見解として下された判断は、シャリア刑事法令第66項は連邦国憲法第5,8,9、10条を犯すものであり、したがってそれらの法令は憲法違反であると断定したのである。
シャリア法令66項とは、ムスリム(イスラム教徒)の男性が女性の服装をしたり、女性として振る舞うのが発見されると法令違反とみなされ、10,000リンギ(=約35万円)または最高6ヶ月の懲役刑、またはその両方、という罰が科せられる規定である。
上訴した3人のトランスジェンダーは肉体的には男性である。しかし、普通の男性とは明らかに違っていて、医学的には「性同一性障害(GID)」と呼ばれる症状をもつ人たちなのである。この症状の人たちは男性として生まれながらも自分は女性であるという感性をもち、女性の服装やメーキャップをして女性として自分を表現し、また女性特有の動作やしぐさを身につけているのである。
この3人は専門家による医学的な根拠となる診断書をそれぞれが3通も提出し、GIDが医学的には「治療不可能」の症状であること、なおかつ一生涯にわたる症状であると診断している。また、上訴した3人は女性としての振る舞いは自分で好んで選んだものではなく、また自分ではどうしようもない症状であると認定している。
上訴された側のヌグリ・スンビラン州政府は法廷に提出された医学的証拠には反論しなかった。
このような症状の3人の当事者は、法令第66項にもとづき州の宗教警察による日常的なハラスメントにあい、逮捕・拘留されたり、起訴されたりした。この法令が存在するために家から一歩出るのもためらうほどで、普通の人間として生活するのが困難な状況に置かれていた。
想像できますか、自分ではどうしようもない医学的な症状のため罰せられることを。
想像できますか、GIDでなくても、なにかの病気のために法的に罰せられることなど。
このような根拠にもとづき、上訴した3人は連邦国憲法に謳われている基本的人権がヌグリ・スンビラン州の法令第66項により侵されていると訴えたのです。具体的には、連邦憲法第5条にもとづく基本的人権、第8条の平等と非差別の保証、第9条の移動の自由、第10条の言論と表現の自由、これらすべての国民に与えられた権利が、州法令第66項を根拠とする官憲により侵犯されているとするものです。
それぞれの州はイスラム教にもとづく法律を制定する権利は有しており、その中には法令66項のようなシャリア刑法が含まれている。しかし、これら州の法律はこの国の最高の法である連邦国憲法に準拠するものでなくてはならない。
合憲であるか否かの判定はイスラム教の定めるシャリア法ではなく、あくまで国の憲法でなければならない、と控訴審の主任判事は言明している。
憲法第3条にはこの連邦国家の宗教はイスラム教であるとの宣言があるが、この条文は憲法に規定する他のすべての条項に優先するものではない。シャリア法で定める条項でも憲法の規定に準拠していなくてはならず、社会的マイノリティとみなされる人々の権利を侵すことはできないのである。
シャリア法令第66項にはGIDに苦しむ当事者は刑法による処罰からは免除するという規定はない。もしあったと仮定すれば、この法令は憲法違反と判定されるのを免れたかもしれないが、この法令にはそのような例外規定がないため、GID当事者の憲法上の権利を侵害するものと判定されたのである。
しかしこの裁定はシャリア法に対する挑戦とみなすべきではない。「シャリア法」という冠をはずしたとしても、その法規の内容の違憲性については同じ判断原則が適用されなければならない。また同様に、一部の人たちが期待するように同性婚にドアを開くものと解すべきではないし、LBGTの権利を認めるものと早合点するのも的を射ていない。
上訴審に訴えてまで法による判断を求めた3人のトランスジェンダーの真意は、官憲によるハラスメントから自由になりたい、自ら望んだわけではないこの症状で、しかも自分ではどうにもできないことに対して刑罰を受けることから解放されて、普通の人間として生きたいという単純で純真な人間的要求からきているのである。
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<付記>
マレーシアにはイスラム教を背景とする宗教警察(通称)と呼ばれる組織は各州に存在し、戦時中の日本の「特高警察」のように有無を言わさず逮捕する権限をもち、しかもその行動には異論を受け付けないという。ゲイやトランス当事者はたえずその存在を意識しながら行動しなければならない、その場で捕まるとなぐる蹴るは当たり前で、頭に瀕死の傷を負わされたトランス女性の写真を見せられたことがある。日本では考えられないような現実がまだマレーシアにはあるのです。
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