2007年2月11日日曜日

Dr. プリチャーを紹介する新聞記事

「性転換手術の王様といわれる男」
シンガポール新聞 ELECTRIC NEW PAPER (2004年12月26日刊より翻訳転載)

尊敬をあつめるこのタイ人の医者はもう3000人の男性を女性に転換し、ほかの医者たちがからかい半分に彼のことを性器の切り取り屋と呼んでいた時代もあったそうだ。
スイスのある患者がガンのために死をむかえようとしていた。昨年彼は自分の病気とは関係ない手術のためタイに飛び立った。その50歳をすぎた患者は一年をこえて生きることはないと宣告されていたが、バンコクのプリチャー医師を訪ねたのは性転換手術のためだった。
プリチャー先生は言う。「彼は心底から女性になりたかったのです。何回も手紙もよこしたし、自分で電話もかけてきました。もし女になれるのならガンと闘う気力もでてきますと言っていました。」
「手術中に彼の体にできているガンの固まりを感触で感じましたが、性転換手術は無事に終えることができました。」
患者はスイスに帰国したのち、その8ヶ月後にガンのため力尽きたそうだ。プリチャー先生にとってもっとも記憶に残るケースだったと述懐する。「彼は最期のときを迎えるまで、どんなに自分が幸せかと感謝の思いを書いたカードを送ってくれました。このような患者がいることが私の仕事の原動力になっているのです。」
子供のいる人から73歳の老人まで多くの人が彼を頼って訪ねてくる。タイの性転換手術の王様と言われるのもこのような背景があるからである。61歳になったプリチャー先生は3000例にのぼる男性から女性への性転換手術を行ったが、女性から男性への性転換手術も150例を行っており、トランスセクシュアルに対す美容整形手術も数千例をくだらない。

失敗手術の後始末が出発点
プリチャー医師が性転換手術のパイオニア的な仕事を始めたのは1978年のことで、経験のない外科医が行った失敗手術のやり直しをするはめになったのがきっかけだった。実際の訓練を受けていない一般外科医がこのデリケートな手術をやろうとして失敗したのだ。先生はGRSを始める前の10年間は美容整形手術を専門にしていて、タイだけでなくアメリカとオーストラリアでも美容整形と再建手術の認定医師資格をもっている。
最近のBBCワールドの報道では、タイは性転換手術では世界水準をいく中心地となったと報じている。プリチャー先生は2004年12月初めに、世界各地から集まった35人のGRS専門家(先生はSRSよりGRSの用語を好むそうである)を前にして公開手術を行った。このワークショップ参加者はワイドスクリーンモニターの前で、27歳のツアーガイド男性の睾丸が除去され、ペニスの皮膚を内壁とする女性の膣が出来上がっていく様子を最初から最後までリアルタイムで観察できたのである。
陰茎皮膚翻転法または膣形成法とよばれるこのデリケートな手術は3時間かかったが、医者たちからは安全な手術といわれているものの、直腸や膀胱を突き破るリスクもあり、そうなると死に至ることさえある。

GRSに関連する美容整形
週に3件から5件の性転換手術のほかに、プリチャー医師はのど仏整形、豊胸手術、脂肪吸引など美容整形手術も行っている。平均して一日5件の手術をこなし、朝9時から午後7時すぎまで仕事する。ロイター通信によると、80%のお客は外国人で、その多くが医療保険のコストが高く、訴訟沙汰の危険をカバーするために高騰する治療費に悩まされているアメリカから来ているとのこと。
ただ、タイには規制が少ないのが懸念される一面でもある。アメリカでは性転換を希望する患者は精神科医による観察が6ヶ月間は必要とされているが、タイ人の患者はたった一回の診察でよい。精神科医は患者が性同一性障害の症状を有するか判断し、後戻りのできない手術であるGRSへの準備をさせる。BNH病院に3年前に移ってきたPAIでは、BNH病院の精神科医による診断のあと性転換適格患者としてPAIに送られてくる。PAIにはプリチャー先生を含め17名のGRS担当医師がいる。

プライベートな顔
プリチャー先生には専業主婦の奥さんがいる。「家族や友人は私の仕事はハードだと言うが、私はただ患者を幸せにできるのを楽しんでいるのだ。家族がいつも私の支えになってくれるのはうれしいことだ。」 
しかしGRSを始めた頃の他の医師たちは理解を示さなかった。「彼らは私が性器をちょん切っているだけだと思い、そんな手術を受ける患者は気が狂っていると思っていたようだ。」
自分でも性転換したいと思ったことがあるか、と聞かれたら? 笑いながら先生は言う、「いや、ないね。聞かれたから言うけど、今でも男でよかったと思っているよ。」
神様になったような気分は?「全然ないね。これは私の医者としての職業だ。体であれ精神であれ、あらゆる可能な方法でできるだけのことをして治療するのが私の医者としての職務だ。新聞に取り上げられるために英雄になったりするつもりは毛頭ない。苦しんでいる患者をしあわせにするのが私の目標だ。」
仕事をはなれた時間は何をして過ごしているか?プリチャー先生の趣味はラテン舞踊だとか。彼のダンスの先生がシンガポールのサンテックシティで開かれた舞踊大会に出場したときは、わざわざバンコクから応援にかけつけたそうだ。

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